重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,417 / 1,657
第3部 15章

花を咲かせる風 3

しおりを挟む
「それ、大変だったね」

 歩きながら、薙くんの学ランを指差した。
 
「あっこれ? 女子に勝手に持って行かれたんだ」
「へぇ、どんな子だった?」
「わかんない」

 ちゅっと口を尖らせる様子が、年相応で可愛いかった。
 
「凄い争奪戦だったんだね」
「そうなんだ。女子って怖いよな。でも一つは父さんのポケットの中にあるんだよ」

 薙くんの表情がキラキラと輝いた。

「洋さんは知ってた? 第4ボタンには『家族』の意味があるんだって」
「……家族」
 
 なるほど、だから翠さんにボタンを渡したのか。

 翠さんと薙くんの親子関係は、最近更に良くなった。それはとても嬉しいことなのに、少しだけ仲の良い親子を羨ましく思ってしまった。

 俺って駄目だな、こんな晴れの日に。

 こんな日は、俺も肉親に甘えてみたくなる。だからなのか、ふと白金のおばあさまの姿を思い出した。俺に流れる母の血が呼んでいるのか、求めているのか。




 母屋に向かって歩き出すと、突然背後から声をかけられた。

「ようちゃん! 来ちゃった!」
 
 俺をこう呼ぶのは……

「お、おばあさま? と、突然、どうしたんすか」

 まさに今、心の中で思い浮かべた人の突然の来訪に驚いてしまった。

「あのね、お彼岸のお墓参りで近くを通ったら、急にあなたの顔を見たくなったの」

 俺の顔を見たくなった? 

 そんな風に言ってもらえるなんて、まだ信じられない。

「どうも、こんにちは、白江さん」

 翠さんがたおやかに会釈する。

「こんにちは、翠さん。今日は一段と麗しいですわね。あの、少し洋をお借りしたくて……ようちゃん、いいかしら?」
「あ……はい、もちろん」

 高齢の祖母がわざわざ立ち寄ってくれたのだ。

 翠さんも流さんも顔を見合わせて、納得してくれたようだ。

「洋くん、気をつけて行くんだよ」
「あの、すみません。猫にご飯を食べさせてくれますか」
「いいぜ、洋くん、楽しんでおいで。その代わり夕食は一緒に食べような」

 流さんに肩をポンポンと叩かれた。
 本当に、いつも温かい人だ。

「えぇ、ぜひ! 夕食までには戻ります」

 俺は猫を流さんに預け身支度を手早く整えて、おばあさまの元に駆け寄った。

 車にはお抱えの運転手さんが待機していたので、会釈して乗り込んだ。

「ようちゃん急に来てしまって驚いたでしょう。冬郷家の皆さんは最近忙しくて退屈だったの。だからおばあちゃまの相手を少しだけしてね」
「はい! あの、どこに行きたいですか。どこでも付き合います」
「……そうね……じゃあ、あなたが夕と暮らしていた家を、私に見せてもらえないかしら」
「えっ」

 激しく動揺してしまった。

 あの家で義父と二人きりで暮らした日々を、祖母に見られるのは辛い。

 だが、すぐに目の前が明るく開けた。

 そうだ。もうあの家は大丈夫なんだ。丈が義父との思い出が残るものを、全部壊して消し去ってくれたから。

 あの日、改装したばかりの部屋で丈に抱かれた。病室のように真っ白な壁紙は淡い水色に染まり、ベッドもリネンも新しいものになっていた。全部俺が好きな海の色で揃えられ、爽やかな空間になっていた。

『太平洋の洋……そんなイメージで改装したよ。ここで洋を抱きたい。怖い記憶は、私達で塗り潰していこう』

 あの日際限なく抱かれた熱を思い出して、ぶわっと顔が火照ってしまった。

「あら、ようちゃんのお顔、赤いわよね。お熱かしら?」
 
 祖母の手が、そっと俺の額に触れてくれた。

 血の繋がりを感じる指先、その温もりに安堵した。

「俺……本当は……今日は人恋しかったんです。だからおばあさまに会えて嬉しいです」

 ちゃんと言えた。俺が寂しかったことも、会いたかったことも。

「まぁ嬉しいわ。ようちゃんは可愛い子ね」
「おばあさまを家に案内します」
「ありがとう。どうしても……夕が過ごした家を元気なうちに見ておきたくて……こんな我が儘を言ってごめんなさいね」
「いえ、俺も久しぶりに母の部屋に行きたくなりました」

 母の部屋は、今も当時のまま残してある。

 まるで今日という日を待っていたかのように。 

 女性らしい雰囲気の白いベッドに華奢な白木の鏡台、淡い橙色のリネン類。

 母の面影を感じるあの部屋に、今から祖母を案内しよう。

 これは俺の意志で選んだ道だ。

 もう俺は自由だから、出来ることだ。










あとがき(今日の更新分に対する補足です。不要な方は飛ばして下さい)




****

今日は少し難しい展開でした。
私も納得行かず、何度か書き直してしまいました。
今日の洋は『家族』のボタンの話から、翠と薙の親子関係を少し羨ましく思ってしまいました。洋が気を抜くとまだ暗い考えになってしまうのは、彼の寂しい生い立ちが影響しています。でも私はそんな洋が人間らしくて好きです。
今までだったら押し殺していた感情でした。寂しいとか会いたいとか……そんなこと望めない境遇にいたので、まだ少ししこりで残っているのです。

洋がもっと人間らしく心から笑えるようになるためのステップを、書いていこうと思います。








 

 
 

 
 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...