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第3部 15章
蛍雪の窓 20
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「生徒退場」
もうすぐ卒業式が終わってしまう。
僕は式の間中、走馬灯のように薙との日々を思い出していた。
5歳になるまでは、東京のマンションで一緒に過ごした。
早い結婚で、若くして父になった僕。
あの都会の四角い空の下で、君の存在だけが憩いだった。
お日様の匂いの薙は、僕によく似た面立ちの子供だった。
彩乃さんは薙が2歳の時には職場復帰したので、彼女の実家の寺に勤める僕の方が時間的余裕があり、積極的に子育てをしたんだよ。
ただ僕は少しのんびりした所があるので、彩乃さんに急かされながらだったけれど……それはそれで楽しかったよ。
「パパ、パパ! どこ?」
「ここだよ。薙」
「よかった~」
僕を呼ぶあどけない声が、今でも忘れられない。
なのに、離婚してからの記憶は飛び飛びだ。
薙の笑顔が消えてしまったのが、一番辛かった。
一方……月影寺で暮らすようになってから今日までの日々は、鮮明だ。
紆余曲折あったが、薙と再び心が通じ合えた喜びは一入《ひとしお》だ。
薙は、僕と流の息子になってくれた。
「翠、そろそろ薙のクラスだぞ」
「しっかり見送ろう」
僕たちの横を、生徒さんが緊張した面持ちで通過していく。
ん? 妙に女の子がこちらを見るのは何故だろう?
もしかして流を見ているか。
流は相変わらず若々しく精悍で、昔から人目を引く強い個性があり、それが引力となり、多くの視線を集める。
「あ、薙だ」
僕と目が合うと、薙は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
背が急に伸びて、本当に大きくなったね。5歳まで僕によく懐いて、いつも僕とお風呂に入りたがったし、よくベッドに潜り込んで来てくれたよね。
そんな薙を自分勝手に置いていってしまって……ごめん。
やはり後悔がにじみ出て、キリリと奥歯を噛んでしまった。
「翠、振り返るな。今だけを見ろ」
「あ……うん」
その後、保護者も順番に退場し、校庭に案内された。
どうやら生徒さんが親御さんと写真を撮っているようだ。
「流、僕も撮りたい」
「薙を呼んでくるから、そこで待ってろ」
「分かった」
「勝手に動くなよ」
「くすっ、子供じゃないんだから」
流が離れた途端、突然背後から話しかけられた。
「あのぅ、月影寺のご住職さまですよね」
「あ、はい」
可愛らしい女の子と腕を組んだ母親が、笑っていた。
「きゃー! ファンです♡っじゃなくて、私の実家が檀家なので、法事やお盆の時にお見かけしていました」
「あぁそうでしたか。今日は息子の卒業式なので」
「まぁ~ まさか息子さんが同じ学校だったなんて、どの子かしら? あなた知ってた?」
「ママ、ちょっと話しすぎ」
わ、ここに薙が来たら、気まずい雰囲気だな。
すると今度は背後から黄色い歓声が……
「きゃー え、え、え、さっきのイケメン。薙くんの伯父さんなの? ボディガードかと思ってた。めちゃくちゃかっこいい」
「なんだよ? それ、流さん、早く父さんの所に行こう」
薙の不満そうな声が聞こえる。
今日の主役なのに、流は目立ち過ぎだ。
流を注意しようと思ったが、僕の方も怪しい雰囲気になってきた。
「翠、連れてきたぞ」
「うそぉぉ~ 森くんのお父さんがご住職さまなんだ。そう言えば似てる! みんな~注目!」
「あ、ちょっと」
静粛な式は終わったようで、今は僕たちを、生徒さんと親御さんが囲んで大騒ぎだ。
参ったな、こんなに目立つつもりはなかったのに。
いっそ住職として堂々と振る舞った方がいいのかも……
「あー ご静粛に、月影寺の住職から、卒業に向けて特別一言あるそうだ」
振り返ると達哉と拓人くんが立っていた。
達哉がウィンクしてくる。
「翠になら場を静められるだろう」
あ……そうか、説法だな。
「コホン……皆さんは『袖振り合うも多生の縁』という言葉をご存じかと思いますが、これは人間同士の縁には深い因縁があるという仏教の考え方から来ている諺なんですよ。つまり袖が触れ合う程度のささやかな出会いでも、前世からの因縁があることを指しています。どんなご縁も大切にするべきだと言う意味です。だから……この子達が同じ学び舎で3年間過ごしたご縁も、大切にして欲しいと思います」
薙は目を見開いて、流は笑いを堪えている。
「で、では……これにて失礼します」
皆さんが静粛になったところで、僕は流を引っぱって校庭を離れた。
「あれ? 薙は?」
「あー、アイツ、ボタン争奪戦に巻き込まれてんな」
「え? 今でもあるの?」
「薙はかなりのイケメンだ。今日確信したぜ。あの子はかなりモテる」
「そ、そうか。でも流だって」
「それを言うなら翠だって」
「くすっ」
「ははっ」
最後は流と顔を見合わせて、肩を揺らした。
その後、僕たちの元に駆け込んできた薙の学ランのボタンは見事に全部なくなっていた。薙があげたというより、奪い取られたようだ。
「はぁはぁ……女子って怖い」
「ははっ」
「くすっ、薙はよくモテるんだね」
「……それがさぁ、父さんと流さんみたいになるかも、将来有望だって言われたよ!」
薙がそんなことを叫ぶのも可愛くて、思わず抱きしめたくなってしまったよ。
「薙、卒業おめでとう! 晴れの日を見せてくれてありがとう」
『蛍雪の窓』了
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
薙の中学卒業式をじっくり書いてみました。
薙、無事に卒業しましたね。
感慨深いですね。
さて、卒業式編(蛍雪の窓)はここまで。
この先、少し薙の名字の件にも触れてみようと思います。
引き続きお楽しみ下さい。
もうすぐ卒業式が終わってしまう。
僕は式の間中、走馬灯のように薙との日々を思い出していた。
5歳になるまでは、東京のマンションで一緒に過ごした。
早い結婚で、若くして父になった僕。
あの都会の四角い空の下で、君の存在だけが憩いだった。
お日様の匂いの薙は、僕によく似た面立ちの子供だった。
彩乃さんは薙が2歳の時には職場復帰したので、彼女の実家の寺に勤める僕の方が時間的余裕があり、積極的に子育てをしたんだよ。
ただ僕は少しのんびりした所があるので、彩乃さんに急かされながらだったけれど……それはそれで楽しかったよ。
「パパ、パパ! どこ?」
「ここだよ。薙」
「よかった~」
僕を呼ぶあどけない声が、今でも忘れられない。
なのに、離婚してからの記憶は飛び飛びだ。
薙の笑顔が消えてしまったのが、一番辛かった。
一方……月影寺で暮らすようになってから今日までの日々は、鮮明だ。
紆余曲折あったが、薙と再び心が通じ合えた喜びは一入《ひとしお》だ。
薙は、僕と流の息子になってくれた。
「翠、そろそろ薙のクラスだぞ」
「しっかり見送ろう」
僕たちの横を、生徒さんが緊張した面持ちで通過していく。
ん? 妙に女の子がこちらを見るのは何故だろう?
もしかして流を見ているか。
流は相変わらず若々しく精悍で、昔から人目を引く強い個性があり、それが引力となり、多くの視線を集める。
「あ、薙だ」
僕と目が合うと、薙は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
背が急に伸びて、本当に大きくなったね。5歳まで僕によく懐いて、いつも僕とお風呂に入りたがったし、よくベッドに潜り込んで来てくれたよね。
そんな薙を自分勝手に置いていってしまって……ごめん。
やはり後悔がにじみ出て、キリリと奥歯を噛んでしまった。
「翠、振り返るな。今だけを見ろ」
「あ……うん」
その後、保護者も順番に退場し、校庭に案内された。
どうやら生徒さんが親御さんと写真を撮っているようだ。
「流、僕も撮りたい」
「薙を呼んでくるから、そこで待ってろ」
「分かった」
「勝手に動くなよ」
「くすっ、子供じゃないんだから」
流が離れた途端、突然背後から話しかけられた。
「あのぅ、月影寺のご住職さまですよね」
「あ、はい」
可愛らしい女の子と腕を組んだ母親が、笑っていた。
「きゃー! ファンです♡っじゃなくて、私の実家が檀家なので、法事やお盆の時にお見かけしていました」
「あぁそうでしたか。今日は息子の卒業式なので」
「まぁ~ まさか息子さんが同じ学校だったなんて、どの子かしら? あなた知ってた?」
「ママ、ちょっと話しすぎ」
わ、ここに薙が来たら、気まずい雰囲気だな。
すると今度は背後から黄色い歓声が……
「きゃー え、え、え、さっきのイケメン。薙くんの伯父さんなの? ボディガードかと思ってた。めちゃくちゃかっこいい」
「なんだよ? それ、流さん、早く父さんの所に行こう」
薙の不満そうな声が聞こえる。
今日の主役なのに、流は目立ち過ぎだ。
流を注意しようと思ったが、僕の方も怪しい雰囲気になってきた。
「翠、連れてきたぞ」
「うそぉぉ~ 森くんのお父さんがご住職さまなんだ。そう言えば似てる! みんな~注目!」
「あ、ちょっと」
静粛な式は終わったようで、今は僕たちを、生徒さんと親御さんが囲んで大騒ぎだ。
参ったな、こんなに目立つつもりはなかったのに。
いっそ住職として堂々と振る舞った方がいいのかも……
「あー ご静粛に、月影寺の住職から、卒業に向けて特別一言あるそうだ」
振り返ると達哉と拓人くんが立っていた。
達哉がウィンクしてくる。
「翠になら場を静められるだろう」
あ……そうか、説法だな。
「コホン……皆さんは『袖振り合うも多生の縁』という言葉をご存じかと思いますが、これは人間同士の縁には深い因縁があるという仏教の考え方から来ている諺なんですよ。つまり袖が触れ合う程度のささやかな出会いでも、前世からの因縁があることを指しています。どんなご縁も大切にするべきだと言う意味です。だから……この子達が同じ学び舎で3年間過ごしたご縁も、大切にして欲しいと思います」
薙は目を見開いて、流は笑いを堪えている。
「で、では……これにて失礼します」
皆さんが静粛になったところで、僕は流を引っぱって校庭を離れた。
「あれ? 薙は?」
「あー、アイツ、ボタン争奪戦に巻き込まれてんな」
「え? 今でもあるの?」
「薙はかなりのイケメンだ。今日確信したぜ。あの子はかなりモテる」
「そ、そうか。でも流だって」
「それを言うなら翠だって」
「くすっ」
「ははっ」
最後は流と顔を見合わせて、肩を揺らした。
その後、僕たちの元に駆け込んできた薙の学ランのボタンは見事に全部なくなっていた。薙があげたというより、奪い取られたようだ。
「はぁはぁ……女子って怖い」
「ははっ」
「くすっ、薙はよくモテるんだね」
「……それがさぁ、父さんと流さんみたいになるかも、将来有望だって言われたよ!」
薙がそんなことを叫ぶのも可愛くて、思わず抱きしめたくなってしまったよ。
「薙、卒業おめでとう! 晴れの日を見せてくれてありがとう」
『蛍雪の窓』了
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
薙の中学卒業式をじっくり書いてみました。
薙、無事に卒業しましたね。
感慨深いですね。
さて、卒業式編(蛍雪の窓)はここまで。
この先、少し薙の名字の件にも触れてみようと思います。
引き続きお楽しみ下さい。
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