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第3部 15章
蛍雪の窓 18
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卒業式入場のために体育館前で並んでいると、隣の列の女の子たちが騒ぎ出した。
「ねぇ、さっきの男の人、見た?」
「見たー! あの人ってモデルさんかな? それとも俳優さんなの? あんなにカッコいい人、一体誰のお父さんなのかな? あーん羨ましいよ~ しかもボディガードつきだったでしょ」
「うんうん。長髪で髪を後ろに束ねたイケメンがくっついていたよね」
「二人とも超イケメン!」
うわっ! それってまさかオレの父さんと流さんのこと?
「本当に誰かのお父さんなんだよね? 信じられない、うちの親と雲泥の差よ。あ……そう言えば誰かに似ているよね。そうだ……ほら、C組の薙くんと目元が似ていない? 薙くんもカッコいいもんね」
「分かる~ きっと今日告白する子いるんじゃないかな」
「!!」
オレは慌てて顔を伏せた。耳朶まで赤くなっている気がする。
父さんが俳優みたいにカッコいいとか、流さんがボディガードみたいにイケメンとか、身内をベタ褒めされてニヤついていたら、オレに矛先が向くなんて。
オレは、まだまだ中途半端だ。だからこそ、父さんみたいに気高く、流さんみたいに力強くなりたいと願わずにはいられないよ。
これから成長する、もっともっと――
中学の卒業は寂しさよりも、未来への期待で満ちていた。
****
これはなんのご褒美なのかしら? まさか月影寺のご住職さまと副住職さまを、娘の卒業式で拝めるなんて!
翠さま、流さまぁ~ スーツ姿なんてレア過ぎませんか。
隠れファンの私としては、眼福で昇天しそう!
翠さまは端麗で、流さまは精悍で男らしくて最高だわ。仕立ての良さそうなスーツにキリリと引き締まるタイをして、超絶美形だわ。
卒業式のビデオを撮るふりをして、なんとか二人を撮影できないかしら。
でもこれって盗撮……?
「おい? 何をさっきからもぞもそしている?」
「な、なんでもないわ」
「どうしてビデオの角度がそっちなんだ? あの子は左側に座っていたぞ」
「え? あ、そうね」
「そっちに誰か知り合いでもいたのか」
「め、滅相もない」
「なんちゅう言葉使いだ。怪しいな……っと、げげげ! あれは流じゃないか」
主人の顔が引き攣り、手が震え出す。
「あら? あなたも月影寺の副住職をご存じなの?」
「知ってるも何も、中高の同級生さ。地元だからな」
「そうだったのね、ねっ紹介して♡」
「おい! アイツは変わりもんで有名だぞ」
「あ……式が始まるわ。その話、あとでくわしーく聞かせてね。ついでに中高のアルバムも見せて」
「お前、鼻息が荒くないか」
*****
「斜め左方向から、盗撮の気配がする」
「え?」
「翠、顔を伏せろ」
「くすっ、ちょっと流、皆さん真面目にお子さんの卒業式を撮っているの失礼だよ。さぁ僕たちもビデオを撮ろう」
翠は呑気にビデオを取り出したが、その後、すぐに困り顔になった。
「あ……あのね、流、これどうやって使うの?」
「おい!」
「ごめん、ごめん」
翠が可愛く笑う。
あーもう、翠の一挙一動が可愛すぎて、悶えそうになる。
「僕は仏門以外はからきし駄目だね。昔から機械に弱いの知っていた?」
知っている。
翠のことなら何でも知っている。
ホクロの位置だって、もう全部網羅済みだ。
「流……どうしよう?」
「俺が撮るから、翠はその瞳でしっかり息子の卒業式を、焼き付けておけ」
「あ……うん」
自分で放った言葉に、じわりと胸が熱くなった。
翠の目が見えなくなった時期があった。極度のストレスから来た一時的な失明に、人知れず泣いた。俺の顔を二度と見てもらえないのではと、不安と焦りの中にいた。翠も見えないことが相当なストレスで、苦しんでいた。
あの頃の俺たちは、何もかも手探りだった。
そんな翠の目が見えるようになり忌々しい火傷痕も消え、こうやって優美に微笑みながら、薙の卒業を見守っている。
数々の苦難を乗り越えて辿り着いた場所だ。ここは……
すっと背筋を伸ばして、卒業式の進行を見守る翠。
そんな翠に見惚れているのは、この俺だ。
「次は校歌斉唱です。保護者の方もご起立下さい」
俺の中学の校歌を翠が歌ってくれるなんて、滅多にない機会だ。
期待に胸が膨らむ。
「緑輝く北鎌倉。若草のように真っ直ぐに伸びる力あり。流れる川のようにおおらかに……」
読経で鍛えた翠の歌声は、想像以上だった。
誰もが振り向く美声に、また周囲の注目を集めてしまったな。
翠の美しさは、もう隠せない。
静寂の中に波紋するように、広がっていく。
「ねぇ、さっきの男の人、見た?」
「見たー! あの人ってモデルさんかな? それとも俳優さんなの? あんなにカッコいい人、一体誰のお父さんなのかな? あーん羨ましいよ~ しかもボディガードつきだったでしょ」
「うんうん。長髪で髪を後ろに束ねたイケメンがくっついていたよね」
「二人とも超イケメン!」
うわっ! それってまさかオレの父さんと流さんのこと?
「本当に誰かのお父さんなんだよね? 信じられない、うちの親と雲泥の差よ。あ……そう言えば誰かに似ているよね。そうだ……ほら、C組の薙くんと目元が似ていない? 薙くんもカッコいいもんね」
「分かる~ きっと今日告白する子いるんじゃないかな」
「!!」
オレは慌てて顔を伏せた。耳朶まで赤くなっている気がする。
父さんが俳優みたいにカッコいいとか、流さんがボディガードみたいにイケメンとか、身内をベタ褒めされてニヤついていたら、オレに矛先が向くなんて。
オレは、まだまだ中途半端だ。だからこそ、父さんみたいに気高く、流さんみたいに力強くなりたいと願わずにはいられないよ。
これから成長する、もっともっと――
中学の卒業は寂しさよりも、未来への期待で満ちていた。
****
これはなんのご褒美なのかしら? まさか月影寺のご住職さまと副住職さまを、娘の卒業式で拝めるなんて!
翠さま、流さまぁ~ スーツ姿なんてレア過ぎませんか。
隠れファンの私としては、眼福で昇天しそう!
翠さまは端麗で、流さまは精悍で男らしくて最高だわ。仕立ての良さそうなスーツにキリリと引き締まるタイをして、超絶美形だわ。
卒業式のビデオを撮るふりをして、なんとか二人を撮影できないかしら。
でもこれって盗撮……?
「おい? 何をさっきからもぞもそしている?」
「な、なんでもないわ」
「どうしてビデオの角度がそっちなんだ? あの子は左側に座っていたぞ」
「え? あ、そうね」
「そっちに誰か知り合いでもいたのか」
「め、滅相もない」
「なんちゅう言葉使いだ。怪しいな……っと、げげげ! あれは流じゃないか」
主人の顔が引き攣り、手が震え出す。
「あら? あなたも月影寺の副住職をご存じなの?」
「知ってるも何も、中高の同級生さ。地元だからな」
「そうだったのね、ねっ紹介して♡」
「おい! アイツは変わりもんで有名だぞ」
「あ……式が始まるわ。その話、あとでくわしーく聞かせてね。ついでに中高のアルバムも見せて」
「お前、鼻息が荒くないか」
*****
「斜め左方向から、盗撮の気配がする」
「え?」
「翠、顔を伏せろ」
「くすっ、ちょっと流、皆さん真面目にお子さんの卒業式を撮っているの失礼だよ。さぁ僕たちもビデオを撮ろう」
翠は呑気にビデオを取り出したが、その後、すぐに困り顔になった。
「あ……あのね、流、これどうやって使うの?」
「おい!」
「ごめん、ごめん」
翠が可愛く笑う。
あーもう、翠の一挙一動が可愛すぎて、悶えそうになる。
「僕は仏門以外はからきし駄目だね。昔から機械に弱いの知っていた?」
知っている。
翠のことなら何でも知っている。
ホクロの位置だって、もう全部網羅済みだ。
「流……どうしよう?」
「俺が撮るから、翠はその瞳でしっかり息子の卒業式を、焼き付けておけ」
「あ……うん」
自分で放った言葉に、じわりと胸が熱くなった。
翠の目が見えなくなった時期があった。極度のストレスから来た一時的な失明に、人知れず泣いた。俺の顔を二度と見てもらえないのではと、不安と焦りの中にいた。翠も見えないことが相当なストレスで、苦しんでいた。
あの頃の俺たちは、何もかも手探りだった。
そんな翠の目が見えるようになり忌々しい火傷痕も消え、こうやって優美に微笑みながら、薙の卒業を見守っている。
数々の苦難を乗り越えて辿り着いた場所だ。ここは……
すっと背筋を伸ばして、卒業式の進行を見守る翠。
そんな翠に見惚れているのは、この俺だ。
「次は校歌斉唱です。保護者の方もご起立下さい」
俺の中学の校歌を翠が歌ってくれるなんて、滅多にない機会だ。
期待に胸が膨らむ。
「緑輝く北鎌倉。若草のように真っ直ぐに伸びる力あり。流れる川のようにおおらかに……」
読経で鍛えた翠の歌声は、想像以上だった。
誰もが振り向く美声に、また周囲の注目を集めてしまったな。
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静寂の中に波紋するように、広がっていく。
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