重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,410 / 1,657
第3部 15章

蛍雪の窓 16

しおりを挟む
「翠、着替えたのか」

 袈裟を脱ぎ身支度を調えていると、まだ作務衣姿の流がヒョイと顔を覗かせた。 僕はちょうどスラックスとワイシャツを着た所だった。
 
「どうかな?」
「いいな、上質な生地にしたから身体にフィットしている。俺がネクタイをしてやるよ」
「自分で出来るよ」
「やらせてくれ」
「あ、うん」

 先ほど僕が薙にしてあげたのと同じ事を、流がしたいのだ。

 薙は自分で出来るのに、僕にやらせてくれた。

 そんな薙の優しさに触れると、ふいに泣きそうになった。

「薙は優しい子だよ。昔も今も」
「あぁ、その通りだ。翠と薙の関係が良好なのが嬉しいよ」

 シュッと手際良く、流がネクタイを締めてくれる。

 スーツにネクタイというスタイルは滅多にしないので、照れ臭い。

「変ではないか」
「最高だよ。紺瑠璃……紺色の中に滲む華やかさが翠の明るい髪色と白い肌に合っている」
「そんなに褒めないでくれ。恥ずかしい」
「事実さ」

 上着に袖を通すと、一気に気が引き締まった。

 鏡に映る僕は、すっかり父の顔になっていた。

「次は……流のを見立ててあげるよ」
「頼む」

 流の箪笥から、スーツを選ぶ。

 したことがないので、ドキドキと鼓動が早くなる。

 早速、父の顔が崩れそうだよ。

「翠、まだか」
「迷ってしまうんだ。どれも流に似合いそうで」
「俺は一番目立たないのでいいぞ」
「でも……中身が目立つからなぁ」
「今日は借りてきた猫のように、大人しくしているよ」
「ふっ、流は流のままでいい」

 僕が選んであげたスーツを着こなした姿は、精悍とした魅力で溢れていた。

「流はスーツも似合うんだね」
「兄さん、ネクタイもしてくれよ」
「ふふ、いいよ」

 思い返せば……幼稚園の制服のボタンを留めてくれだの、上着のボタンを留めてくれだの、流は高学年になるまで、何かにつけて僕を頼ってきた。僕にくっついて離れなかった。

「流、もしかして……小さい時から、わざと?」
「ははは、兄さんの優しさに触れるのが好きだったのさ」

 やはり流は狡い。
 そんな風に言われたら、言い返せない。

「今日は、翠の愛情に触れたいからだ」
「あからさまだね」
「もう黙っている必要はないだろう。よしっ、お互い支度が出来たな」
「うん!」

 居間に入ると、紅茶を片手にテレビを観ていた薙が僕を見て、目を見開いた。

「わぉ! 父さんのスーツ姿って滅茶苦茶カッコイイな」
「そ、そうかな?」
「友達に自慢しちゃいそうだよ。オレの父さんは若くてカッコイイって、なーんてね」

 カッコイイだなんて。

 薙がそんな風に、僕を褒めてくれるなんて。

 小学校高学年になると反抗期に入り、僕と二人きりになるのが苦痛そうだった。だから会っても、あからさまに嫌な顔をされたし、すぐに帰りたいと言われてショックだったな。

 よほど頼りない父親に映っていたのだろう。あの頃の僕は彩乃さんの言いなりだったし、自分の意見を持てない情けない父親だったから。

「もう8時か。薙、そろそろ出ないと遅刻するぞ」
「分かった! 今日は流さんもスーツなんだね」
「どうだ? カッコイイだろ?」
「うん! 父さんも流さんもカッコイイ! オレは、オレはどうかな?」

 薙が笑顔で聞いてくる。

 僕によく似た容姿の薙、しかし性格は僕より大胆で潔い。

「薙~ 俺たちの薙は、いいところ取りで最高にかっこいいぜ!」

 流が破顔すれば、僕も釣られて笑う。

「うん、最高にかっこいい」
「二人とも親バカだな~」

 流が言ってくれた通り、この子は僕たちの子だよ。

「あのさ……父さん、流さん、今日はありがとう」
「どうした? そんなに改まって」

 薙は照れ臭そうに、視線を逸らして口を尖らせた。
 
「う……嬉しいんだ。想像していたよりもずっと……その……二人が卒業式に来てくれるの」
「薙……」
「とにかく行ってきます! あとで……来てね」
「必ず行くよ。二人で行くよ!」




  いよいよ薙の中学校卒業。

 門出の朝だ。

 蛍の光、窓の雪。

 僕と薙のすれ違いは確かに苦い想い出ばかりだが、それを乗り越えたからこそ、この笑顔の朝がある。


 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...