重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

蛍雪の窓 13 

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 東銀座 テーラー 桐生

 オーダーしたスーツを受け取るために、再び仕事の後、翠を連れてやってきた。

「お待ちしておりました」

 翠のスーツは、店の壁にワイシャツとネクタイをコーディネートした状態で飾ってあった。

 誂えた紺色のスーツは、仕立ての良さを感じさせるノーブルな印象だった。

 流石、大河先輩だ。

 俺の翠に寄り添ったものを作ってくれた。

 試着室から出てきた翠を見て、その端麗な美しさに、先輩も思わず目を見開いていた。

 先輩に蓮くんという恋人がいなかったら、こんなオーダーはしていなかっただろう。

 俺だけの翠だから。
 
「ぴったりだな、翠」
「うん、驚いた。これ、とても着心地がいいね」
「良かったです。紺瑠璃色のネクタイもよくお似合いで」
「あの……こんな短期間に、素晴らしいものをありがとうございます」
「いえ、卒業式に間に合ってよかったです」

 薙の卒業式は、もう明日だ。

 その晩は『Barミモザ』には寄らずに、帰路に就いた。

「いよいよ明日だな。俺が学校まで送ってやるよ」
「え? 悪いよ。寺のこともあるのに」
「なあに、小森がいるだろう」
「確かに小森くんも仕事を覚えたので、半日程なら任せても大丈夫だけど」

 翠の秘蔵っ子、小森風太。

 アイツも、俺たちと同類で、熱々の恋愛中だ。

 相手は瑞樹くんの親友……こんな所にも巡り逢いの縁を感じる。

 色恋に浮ついた気持ちになり、仕事に身が入らないようなら蹴飛ばすところだが、そうではなかった。ON OFFの切り替えが実はしっかり出来る男だった。最中に饅頭と脳内を汚染はされているが、仕事面では問題ない。むしろ色んな輩に慕われているようだ。

「翠……あのね……頼みがある」
「流……あのさ……頼みがある」

 言葉が見事に重なった。

「ふふ、同じことかな?」
「どうだろ? 翠から話せよ」
「あの送ってくれるのなら、いっそ……流も一緒に式に参列しないか」
「一緒に? い、いいのか。俺もそれを頼み込もうと思っていたところだ」

 一緒に。

 その言葉はとても嬉しい言葉だ。
 
 自分サイドに引き寄せるように誘ってくれる翠は、心の優しい男だ。

「この前……流が薙を「俺たちの子」と言ってくれただろう。あれね、実はとても嬉しかったんだよ」
 
  言葉通りだ。

 薙は、翠の血をまっすぐに受けた息子だ。

 そして翠と俺は実の兄弟で血は濃い。

 だから薙と俺の血も、当然濃いと言っていいだろう。

 薙は、俺が愛する人の息子なのだ。

 愛さずにはいられない存在だ。

「俺たちの子供」とほろりと言ってしまったが、翠は嬉しそうに「そうだね。本当にそうだ。そんな風に考えてくれて嬉しい」と受け入れてくれた。

「それに薙の中学校は、流の母校でもあるから懐かしいだろう」
「そうだな、そんな名目もあるのか」
「ふふ、後付けだけどね。流、一緒に行こう!」
「あぁ、それじゃ一緒に行くよ」

 翠が明るく誘ってくれる。

 小さい頃から、癇癪持ちの俺を宥めては優しく誘ってくれた。

 翠独特のゆらぎが大好きだった。

 この兄の誘いに、身を任せよう。

 もう反発はしない。

 同調していく。

****

 北鎌倉 月影寺 離れ
 
「なぁ、この制服、クリーニングに出さないとまずいよな」
「それなら大丈夫だ、家で洗えるよ」
「え? そうなの?」
「洋、こんなやましいものを外部に持っていくつもりだったのか」
「い、言うなよ」

 改めて言われると恥ずかしい。

 ジャージに続き、丈の制服を着たまま抱かれるとか、丈は変な知識ばかり蓄えて。

「ん? どうした?」
「まさか丈も、お母さんの本の影響を受けたのか」
「何のことだ?」
「な、なんでもない!」

 お母さんに渡された本の数々を熱心に読んだのは、俺の方だ。丈が当直でいないとき、寂しさを紛らわそうと読み始めたら止まらなくなったのだ。

「洋、今度は何を期待しているのか」
「何も!」
「ふふん、制服のネクタイで目隠しとかしてみるか」
「し、しないって!」
「可愛いな、洋。君好みに抱いてやりたい」

 馬鹿だな、丈。

 俺はお前に触れられるだけで蕩けそうになるのに……

「あ、あのさ……明日は薙くんの卒業式だな」
「そうか。薙もいよいよ高校生になるのか」
「薙くんには、いい思い出を沢山作って欲しいよ」
「……洋……今、満ち足りているか」

 どうやら俺は最近、また丈を不安にさせてしまったようだな。

 確かに高校時代の思い出は、良くない事ばかりだが、もうあれは全部過去だ。あの過去を抜けて、今がある。

 だから丈の目の間にいる、今の俺を見てくれよ。

「あぁ、満ち足りている。丈がいるから……」

 苦しみも悲しみも切なさも、全部丈が取り除いてくれ、愛情で埋めてくれたから。
 

  
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