重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

蛍雪の窓 12

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 翠のきめ細やかな素肌を、優しく撫でた。

 胸元の手術痕には、くちびるで、そっと触れた。

 すると翠は少しだけ困った表情で、身を捩った。 

「そこはまだ駄目だ……まだちゃんと治っていない」
「安心しろ。もう手術の痕しか見えないから」
「本当に……もう……あの忌々しい痕はないのか」
「あぁ、丈が綺麗にしてくれたからな」
「ふぅ」

 翠が安堵の溜め息を吐くと、引き締まった腹筋が揺れてエロティックだった。いつも禁欲的で優美な翠だが、うっすら付いた筋肉は男らしさを醸し出して溜まらなくいい。そそられるよ。

「翠……綺麗だ。俺の翠はとても美しいな」
「……くすぐったいよ」

 耳元で囁けば、甘くはにかむ。

「いい笑顔だな。そういえば、先日の嫉妬心を露わにした顔も良かったぞ」
「流、もう、あの日のことは忘れてくれ……思い出しても恥ずかしいよ」
「いや、何度も思い返すさ。嬉しかったからな」

 翠の栗色の柔らかい髪を手で梳き、左目の下にある色っぽい涙ボクロを、ペロッと舐めてやった。

「意地悪だな」
「……翠があんな風に感情剥き出して嫉妬してくれるとは、思わなかったからな」
「……僕だって人の子だ。普通に嫉妬するよ。それに未だに信じられないんだ。本当に僕でいいのかと……」

 この期に及んで、まだそんなことを?

 さてと、この可愛い人を今日はどうやっていただこうか。

 頭の中はそればかりを考えてしまう。

「流、今日は抱かないのか」
「抱くさ! 抱かせてくれ! 抱くに決まっている!」
「ふっ、流らしいね」
「そうだ、せっかくの機会だ。制服を着てくれよ」
「え? また?」

 制服姿の兄を押し倒して抱く。

 それは、長年の夢だったから。
 
 それにしても高校時代の俺は、煩悩の塊だったよな。

 今もか?

 衰えない性欲は翠だけに発動するのさ。

「流、もしかして……変なことを考えていない?」
「気持ち悪いか」
「……ううん。僕はね……高校時代から、流の視線が熱を孕んでいることを知っていたんだ。だから同類だよ」
「翠は優し過ぎるな」
「僕は流が大好きだからね。今日は『俺の翠』と言ってくれて嬉しかったよ。束縛されたいほど、好きだよ、流」

 こ、この兄はもう……ハッキリ言って天然のたらしだ!

「仰せのままに」

 学ランを羽織らせたまま、翠を抱いた。

 その晩は、何度も何度も……

 熱に冒されたように、翠の身体に執着し夢中になった。

 翠もどこまでも俺の侵入を許し、委ねてくれた。


****

「薙くん、お休み」
「あの……丈さん、さっきはごめんなさい」
「ん?」
「オレ、よく考えないで余計なことを言って……洋さん困っていたみたいだから」

 どうしても謝っておきたかった。

 丈さんは余裕のある大人だが、さっきは少し余裕がなくなっていた。
 
「洋は、もう大丈夫と言いたい所だが、洋の本心は、洋にしか分からない。だから私たちは、そっとしておいてやろうな」
「そうするよ。洋さんと仲直りしてくれよ」
「大丈夫だ。とっておきのアイテムを入手したから」
「もしかして、昔の制服?」
「どうして分かる?」
「ナイショ!」

 俺の制服を作りに行った時、父さんも流さんも妙に懐かしい目で制服を見つめていたから、オレがおばあちゃんに頼んだのは秘密だ。

……
「おばあちゃん、父さんの昔の制服って取ってある? きっと今見たら、懐かしいんじゃないかな」
「まぁ、薙ってば……翠が喜びそうなことを言ってくれるのね」
「ま、まあな」
「すっかりお父さんに懐いて」
……

 父さんと流さんは今頃、離れで制服を眺めて、酒でも飲んでいるのかな。

 丈さん達も、丈さんの制服をネタに盛り上がりそうだな。

 なんかいいな。

 大切な相手がいるって。
 
  オレはまだ15歳。

 まだ本気の恋を知らない。

 間もなく始まる高校生活、何かが起るのか。

 待ち遠しいような、怖じ気づくような、不思議な心地だ。

 ヘッドフォンを耳にあて、音量を思いっきり上げた。

「never never……」と繰り返す、この洋楽が好きだ。

 膝を抱えて、曲の世界に没頭していく。

 まだ満たされない想いは、どこへ――










あとがき(補足)

****

薙が聴いた曲は、私の創作HPのアトリエブログに掲載しています。
https://seahope0502.wixsite.com/website-1/post/
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