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第3部 15章
蛍雪の窓 7
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「じゃあな」
薙とは……早々に別れた。
これ以上一緒にいると、酷い醜態を見せてしまいそうだったから
くそっ、由比ヶ浜高校に受かりたかったな。
その理由は単純だ。
ただ薙と一緒に通いたかったから。
薙と同じ場所で、同じ空気を吸いたかった。
だが……道は大きく違えた。
それにしても……どうしよう私立なんて、学費が全然違うのに。達哉さんに何と言おう?
一人になると足取りが重くなり、達哉さんの待つ家に真っ直ぐには戻れなかった。
だからあてもなく鎌倉の街を徘徊した。
俺……駄目だな、また宙ぶらりんだ。
糸の切れた凧のように彷徨った。
どんどん日が暮れていく。
闇にこのまま溶け込みたい。
錆びた公園のブランコが軋む。
「なんだ、ここにいたのか」
驚いたことに、暗闇に突然現れたのは……
月影寺の流さんだった。
つまり薙の叔父だ。
「……」
「達哉が血相変えて探していたぞ」
「あっ」
その時になって、こんな時間まで連絡せずにほっつき歩いていたことに気付いた。
「……聞いたよ。残念だったな」
「そんなことないです。あの、すみません。帰ります」
誰かに弱音は吐けない。だから強がって嘘をついた。
「おっと。ちょっと話そうぜ。拓人くんは、今、最悪な気分だよな」
流さんの言葉は、意外な方向だった。
「あ、あの……?」
「俺も兄と同じ中学校を受けたが落ちたんだよ。あの時は悔しかったな。目標を失って呆然としていた」
「あ……」
流さんが、ブランコに乗る俺の背中を押してくれた。
「悔しいよな、つまらないよなぁ。ほら、ちゃんと俺には本音を吐け。どんな理由でも、それは拓人くんにとって立派な志望動機だったんだ」
「……くっ……」
「あーあ、やっぱ強がってんな。さぁ話せよ。俺も相当悔しい人生を積んで来たから、お前の気持ちがココに響くんだよ」
ドンっと厚い胸板を叩く流さんの頼もしさ。
「お……俺、ただ……薙と同じ時間を過ごしたかったんです。だから同じ高校に行きたくて……」
「それも分かる」
「だから悔しくて、残念で……つまらなくなりました」
「そうだよな。今日はそうだろう。だが……違う道も悪くないぞ。薙の知らない世界を見て来い。そんで、それを薙に話してやれよ。あいつはきっと知りたがるはずだ。何しろ君が通う学校は、薙の父親の母校でもある。それって……俺にとっても、かなり魅力的だぞ」
そんな風には考えられなかったので、ハッとした。
「あ……でも私立なんて……俺なんて居候の身なのに」
「おいおい……あっ、後は任せますよ」
「え?」
急に背中を押す大きな手が離れたので不思議に思って振り向くと、達哉さんが立っていた。
暗闇でもムスッとしているのが分かる。怒っているようだ。
「あ……達哉さん、すみません、遅くなって」
「拓人……お前なぁ、この期に及んで居候はないだろ。まだそんな場所にいるのか」
「で、でも……私立はお金がかかるから……本当に迷惑かけてすみません」
袈裟姿の達哉さんが、ふぅと大きく息を吐いた後、俺の肩をポンポンと優しく叩いた。
「なぁ、もう、そんなこと気にするな。拓人は俺の一人息子だ。ぼんぼんだ」
「ぼんぼん……って……」
「ははっ、なぁ受験って……答えは一つじゃないぞ。これは仏様が下さった新しい道なんだ。迷わず進め」
「新しい道……? でもやっぱり……すみません」
「もう謝るな。俺にはむしろ嬉しいことだ。俺の母校に通ってくれるんだろ?」
「……はい、そうしてもいいですか」
「あぁ大歓迎だ。さぁ寺に戻って、俺たちも合格祝いをしよう」
こんな俺を……血の繋がりもない俺を引き取ってくれただけでも有り難いのに、深い愛情を注いでくれるなんて。
「達哉さんには、感謝してもしきれないです」
「馬鹿だな。お前は真面目過ぎるんだよ。きっと楽しい高校生活になるよ。あの学校は俺の青春だ。それに薙くんとの交流は学校が違っても続くさ。お前達は縁があるのだから、安心しろ」
縁――
縁あれば、きっと続く。
信じてみよう。
達哉さんの言葉を。
****
「父さん……オレさ、拓人と一緒に通いたかったんだ」
「……そうだったのか」
夕食時に父さんに話すと、箸を置いて同調してくれた。
「何となく寂しいもんだね。ずっと高校でも一緒だと思っていたから」
「薙……同じ学校だから『縁』が続くわけではないよ。『縁』とは、お互いが歩み寄って続くものだよ。糸の端と端を持ち合ってこそ、糸が張るだろう。二人を繋ぐ道がピンと張っていれば、いつでもすぐに会える。会えばいつでも近くに感じられるよ。そんな関係でいられるといいね」
父さんの言葉って、深いな。
流石、お寺の住職だ。
「父さんの言葉って、ナチュラルだな」
「ナ……ナチュラル? ふっ、何だか今風だね。薙のありのままの気持ちを大切にしていけば、縁も続くし、ますます開けるよ」
「ふぅん……父さんに聞いてみて良かった」
「拓人くんは、薙にとって大切な存在なんだね」
「まぁね……色々分かり合えるから」
「大切にしたい相手がいるって、生きていく上で幸せなことだよ」
「うん」
素直になれば……
父さんの言葉って、こんなに素敵だったのか。
これからは、もっともっと耳を傾けていこう!
薙とは……早々に別れた。
これ以上一緒にいると、酷い醜態を見せてしまいそうだったから
くそっ、由比ヶ浜高校に受かりたかったな。
その理由は単純だ。
ただ薙と一緒に通いたかったから。
薙と同じ場所で、同じ空気を吸いたかった。
だが……道は大きく違えた。
それにしても……どうしよう私立なんて、学費が全然違うのに。達哉さんに何と言おう?
一人になると足取りが重くなり、達哉さんの待つ家に真っ直ぐには戻れなかった。
だからあてもなく鎌倉の街を徘徊した。
俺……駄目だな、また宙ぶらりんだ。
糸の切れた凧のように彷徨った。
どんどん日が暮れていく。
闇にこのまま溶け込みたい。
錆びた公園のブランコが軋む。
「なんだ、ここにいたのか」
驚いたことに、暗闇に突然現れたのは……
月影寺の流さんだった。
つまり薙の叔父だ。
「……」
「達哉が血相変えて探していたぞ」
「あっ」
その時になって、こんな時間まで連絡せずにほっつき歩いていたことに気付いた。
「……聞いたよ。残念だったな」
「そんなことないです。あの、すみません。帰ります」
誰かに弱音は吐けない。だから強がって嘘をついた。
「おっと。ちょっと話そうぜ。拓人くんは、今、最悪な気分だよな」
流さんの言葉は、意外な方向だった。
「あ、あの……?」
「俺も兄と同じ中学校を受けたが落ちたんだよ。あの時は悔しかったな。目標を失って呆然としていた」
「あ……」
流さんが、ブランコに乗る俺の背中を押してくれた。
「悔しいよな、つまらないよなぁ。ほら、ちゃんと俺には本音を吐け。どんな理由でも、それは拓人くんにとって立派な志望動機だったんだ」
「……くっ……」
「あーあ、やっぱ強がってんな。さぁ話せよ。俺も相当悔しい人生を積んで来たから、お前の気持ちがココに響くんだよ」
ドンっと厚い胸板を叩く流さんの頼もしさ。
「お……俺、ただ……薙と同じ時間を過ごしたかったんです。だから同じ高校に行きたくて……」
「それも分かる」
「だから悔しくて、残念で……つまらなくなりました」
「そうだよな。今日はそうだろう。だが……違う道も悪くないぞ。薙の知らない世界を見て来い。そんで、それを薙に話してやれよ。あいつはきっと知りたがるはずだ。何しろ君が通う学校は、薙の父親の母校でもある。それって……俺にとっても、かなり魅力的だぞ」
そんな風には考えられなかったので、ハッとした。
「あ……でも私立なんて……俺なんて居候の身なのに」
「おいおい……あっ、後は任せますよ」
「え?」
急に背中を押す大きな手が離れたので不思議に思って振り向くと、達哉さんが立っていた。
暗闇でもムスッとしているのが分かる。怒っているようだ。
「あ……達哉さん、すみません、遅くなって」
「拓人……お前なぁ、この期に及んで居候はないだろ。まだそんな場所にいるのか」
「で、でも……私立はお金がかかるから……本当に迷惑かけてすみません」
袈裟姿の達哉さんが、ふぅと大きく息を吐いた後、俺の肩をポンポンと優しく叩いた。
「なぁ、もう、そんなこと気にするな。拓人は俺の一人息子だ。ぼんぼんだ」
「ぼんぼん……って……」
「ははっ、なぁ受験って……答えは一つじゃないぞ。これは仏様が下さった新しい道なんだ。迷わず進め」
「新しい道……? でもやっぱり……すみません」
「もう謝るな。俺にはむしろ嬉しいことだ。俺の母校に通ってくれるんだろ?」
「……はい、そうしてもいいですか」
「あぁ大歓迎だ。さぁ寺に戻って、俺たちも合格祝いをしよう」
こんな俺を……血の繋がりもない俺を引き取ってくれただけでも有り難いのに、深い愛情を注いでくれるなんて。
「達哉さんには、感謝してもしきれないです」
「馬鹿だな。お前は真面目過ぎるんだよ。きっと楽しい高校生活になるよ。あの学校は俺の青春だ。それに薙くんとの交流は学校が違っても続くさ。お前達は縁があるのだから、安心しろ」
縁――
縁あれば、きっと続く。
信じてみよう。
達哉さんの言葉を。
****
「父さん……オレさ、拓人と一緒に通いたかったんだ」
「……そうだったのか」
夕食時に父さんに話すと、箸を置いて同調してくれた。
「何となく寂しいもんだね。ずっと高校でも一緒だと思っていたから」
「薙……同じ学校だから『縁』が続くわけではないよ。『縁』とは、お互いが歩み寄って続くものだよ。糸の端と端を持ち合ってこそ、糸が張るだろう。二人を繋ぐ道がピンと張っていれば、いつでもすぐに会える。会えばいつでも近くに感じられるよ。そんな関係でいられるといいね」
父さんの言葉って、深いな。
流石、お寺の住職だ。
「父さんの言葉って、ナチュラルだな」
「ナ……ナチュラル? ふっ、何だか今風だね。薙のありのままの気持ちを大切にしていけば、縁も続くし、ますます開けるよ」
「ふぅん……父さんに聞いてみて良かった」
「拓人くんは、薙にとって大切な存在なんだね」
「まぁね……色々分かり合えるから」
「大切にしたい相手がいるって、生きていく上で幸せなことだよ」
「うん」
素直になれば……
父さんの言葉って、こんなに素敵だったのか。
これからは、もっともっと耳を傾けていこう!
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