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第3部 15章
蛍雪の窓 6
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合格発表は、一人で見に行く。
最初から、そう決めていた。
「薙、本当に一緒に行かなくていいの?」
「見たらすぐに戻って来るよ」
「よーし、いよいよ薙が俺の後輩になるのか~ 楽しみだな」
「流さんは気が早いな。じゃあ、行ってきます!」
父さんは心配そうな表情を浮かべていたが、流さんは豪快に笑って背中を押してくれた。
今はどっちも好きだよ。
心配も励ましも、素直に受け止められるようになった。
心地良く感じられるようになった。
父さんと流さん。
二人が一緒にいてくれると、心が落ち着くんだ。
オレと東京で暮らしていた頃の父さんは、いつも心ここにあらずだった。
幼心に、敏感に感じ取っていた。だから父さんと母さんが離婚してからは、父さんに期待するのはやめた。そのせいで月影寺に戻ってきた当初は随分突っ張って、父さんに冷たくあたってしまった。
そんな矢先、あの忌ま忌ましい事件が起きた。
父さんの尊厳を大きく傷つけられたのに、最後まで気丈に身を挺してオレを守ってくれた。
あの姿が、今も忘れられない。
歩きながら、何度も巡らせた惨い過去に触れていると、拓人と会った。
「拓人もひとりか」
「あぁ、発表はひとりで受け止めたくてな」
「オレも」
「……一緒に行くか」
「そうしよう」
拓人も同じ高校を受験していた。
「いよいよだな。緊張するな」
「……うん」
校門を潜ると、足取りがズシッと重くなった。
校舎に貼り出された掲示には、既にもう大勢の人が群がっている。
「行くか」
瞬きを忘れて、数字を追う。
あ……あった!
受験番号は暗記していたが信じられなくて、何度も受験票と照らし合わせてしまった。
「薙、受かったか」
「あった! 受かった!」
「……良かったな。おめでとう!」
「えっ、拓人は?」
「……」
拓人の顔は、浮かなかった。
「……力及ばずだ。滑り止めの私立に行くよ」
「そんな……」
こういう時、どう返すべきか……オレは不器用だから分からない。
「薙……ごめんな。一緒に通えなくて」
「で、でも……達哉さんとオレの父さんの母校だろう」
「そうだな……達哉さんにまた負担掛けちゃうな」
「そんなことない。もう拓人と達哉さんは親子だろう」
「……サンキュ」
こんな風に道が違えることがあるのは理解していても、ずっと共に闘ってきた同志の拓人と同じ高校に通えないのは、やはり残念だった。
「俺……先に帰るよ」
「あ……」
拓人の背中は、明らかに寂しそうだった。
「拓人、待てよ! オレたち……高校が違っても友達だよな!」
「薙……ありがとう」
オレだけ受かるなんて……
少しの罪悪感を抱きながら、帰路に就いた。
それでも山門を見上げれば父さんと流さんの喜ぶ顔が見たくて、足取りが速くなる。
玄関で待ちきれずに、父さんを何度も呼んでしまった。
「父さん! 父さん……!」
そう言えば……幼稚園から戻ると、玄関で「パパ、パパ」と呼び続けたな。
儚げな父さんを、あの頃から不安に思っていたのか。
「父さん、受かったよ!」
「薙! 本当に? おめでとう!」
驚いたことに……父さんは私服のままだった。
驚いたことに……父さんが俺を躊躇いもせずにギュッと抱きしめてくれた。
こんなに積極的に、触れてくれるなんて。
「薙の努力が実って良かった。薙、頑張ったな」
手放しで褒められてくすぐったい。
「父さん、オレ……初めて……自分で行きたい方向を選べた」
「うん、希望の学校に通えて良かったね」
「学校だけじゃない」
「ん……?」
「ここにいたい。父さんの傍にいたい。月影寺の皆といたい」
「薙……」
父さんの瞳が潤んでいる。
「ここは……もうオレの家なんだ」
優しい胸に顔を埋めて、父さんの匂いを享受した。
「父さん、ありがとう……」
最初から、そう決めていた。
「薙、本当に一緒に行かなくていいの?」
「見たらすぐに戻って来るよ」
「よーし、いよいよ薙が俺の後輩になるのか~ 楽しみだな」
「流さんは気が早いな。じゃあ、行ってきます!」
父さんは心配そうな表情を浮かべていたが、流さんは豪快に笑って背中を押してくれた。
今はどっちも好きだよ。
心配も励ましも、素直に受け止められるようになった。
心地良く感じられるようになった。
父さんと流さん。
二人が一緒にいてくれると、心が落ち着くんだ。
オレと東京で暮らしていた頃の父さんは、いつも心ここにあらずだった。
幼心に、敏感に感じ取っていた。だから父さんと母さんが離婚してからは、父さんに期待するのはやめた。そのせいで月影寺に戻ってきた当初は随分突っ張って、父さんに冷たくあたってしまった。
そんな矢先、あの忌ま忌ましい事件が起きた。
父さんの尊厳を大きく傷つけられたのに、最後まで気丈に身を挺してオレを守ってくれた。
あの姿が、今も忘れられない。
歩きながら、何度も巡らせた惨い過去に触れていると、拓人と会った。
「拓人もひとりか」
「あぁ、発表はひとりで受け止めたくてな」
「オレも」
「……一緒に行くか」
「そうしよう」
拓人も同じ高校を受験していた。
「いよいよだな。緊張するな」
「……うん」
校門を潜ると、足取りがズシッと重くなった。
校舎に貼り出された掲示には、既にもう大勢の人が群がっている。
「行くか」
瞬きを忘れて、数字を追う。
あ……あった!
受験番号は暗記していたが信じられなくて、何度も受験票と照らし合わせてしまった。
「薙、受かったか」
「あった! 受かった!」
「……良かったな。おめでとう!」
「えっ、拓人は?」
「……」
拓人の顔は、浮かなかった。
「……力及ばずだ。滑り止めの私立に行くよ」
「そんな……」
こういう時、どう返すべきか……オレは不器用だから分からない。
「薙……ごめんな。一緒に通えなくて」
「で、でも……達哉さんとオレの父さんの母校だろう」
「そうだな……達哉さんにまた負担掛けちゃうな」
「そんなことない。もう拓人と達哉さんは親子だろう」
「……サンキュ」
こんな風に道が違えることがあるのは理解していても、ずっと共に闘ってきた同志の拓人と同じ高校に通えないのは、やはり残念だった。
「俺……先に帰るよ」
「あ……」
拓人の背中は、明らかに寂しそうだった。
「拓人、待てよ! オレたち……高校が違っても友達だよな!」
「薙……ありがとう」
オレだけ受かるなんて……
少しの罪悪感を抱きながら、帰路に就いた。
それでも山門を見上げれば父さんと流さんの喜ぶ顔が見たくて、足取りが速くなる。
玄関で待ちきれずに、父さんを何度も呼んでしまった。
「父さん! 父さん……!」
そう言えば……幼稚園から戻ると、玄関で「パパ、パパ」と呼び続けたな。
儚げな父さんを、あの頃から不安に思っていたのか。
「父さん、受かったよ!」
「薙! 本当に? おめでとう!」
驚いたことに……父さんは私服のままだった。
驚いたことに……父さんが俺を躊躇いもせずにギュッと抱きしめてくれた。
こんなに積極的に、触れてくれるなんて。
「薙の努力が実って良かった。薙、頑張ったな」
手放しで褒められてくすぐったい。
「父さん、オレ……初めて……自分で行きたい方向を選べた」
「うん、希望の学校に通えて良かったね」
「学校だけじゃない」
「ん……?」
「ここにいたい。父さんの傍にいたい。月影寺の皆といたい」
「薙……」
父さんの瞳が潤んでいる。
「ここは……もうオレの家なんだ」
優しい胸に顔を埋めて、父さんの匂いを享受した。
「父さん、ありがとう……」
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