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第3部 15章
蛍雪の窓 2
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「洋くんも一緒に朝食を食べよう」
「え、でも……丈と済ましたので」
「朝早く、軽くだろう? 和食の朝食もたまにはいいよ」
「そうですね」
洋くんの顔を見ていたら、一緒に朝食を食べたくなった。
「流、洋くんの分もあるかな?」
「もちろん。最初からそのつもりだ」
「流石、僕の……」
つい気が緩んで、人前で機転が利く流を自慢したくなってしまった。
その先の言葉を口には出さずに、目で伝えた。
流には充分伝わったようで、目を細めてくれた。
洋くんも、僕の横で嬉しそうにしている。
食卓の和やかな雰囲気に、僕の心もすっかり凪いでいた。
寺の庫裏は、いつしか人が集う場所になった。
「さぁ薙の合格を祈願して食べよう」
「オレ、緊張してきた」
僕に似ず強気な子なのに……
僕も自分のことのように緊張している。我が身のように感じているよ。
「流に温かいほうじ茶を淹れてもらおうか」
「……あぁ」
「薙はさ、絶対に俺の後輩になれるよ。ドーンっと構えていけ」
「薙くん、自信を持って、英語は君の得点源だよ」
流と洋くんからも励ましを受けて、薙も次第に明るい表情になっていく。
「そろそろ時間だ」
「ん」
皆に見送られて、薙と二人で家を出た。
ここから先は、父と子の世界だ。
僕は普段あまり父親らしいことが出来ていないので、せめて受験の朝くらい駅まで送ってやりたかった。だから袈裟を脱いで……父の顔に近づきたかったのだ。
「着いたよ」
「……」
「どうした?」
僕はまだ時間があるのを確認して、最寄りの駐車場に車を停めて薙と一緒に降りた。
「えっ、父さん?」
「せっかくだから受験会場まで送るよ。いいかな?」
薙は無言で頷いてくれた。
以前だったら遮断されていた場所に、僕はいる。
江ノ電に乗り換えると、受験会場に向かう親子が他にもいた。
過保護かと思ったが、大丈夫そうだ。
僕自身は親に付き添ってもらった経験がなかったので、勝手が分からない。
電車の中で、薙の手が膝の上で小さく震えているのに気付いた。
「そんなに震えていたら、鉛筆が持てないよ」
「父さん……オレ……格好悪いよな」
「そんなことない。父さんも受験の日は同じだった」
「父さんも?」
「あがり症なのかも」
「そんな風には見えないのに」
「……強くなれるよう……鍛錬したんだ」
「そうなんだ」
「頑張っておいで。どんな結果でも大丈夫だよ。その時、その時で薙らしい道を見つければいいのだから」
精一杯、父として、エールを送った。
「父さん、ここでいいよ」
学校の正門が近くなると、薙はぴたりと立ち止まり僕にそう言った。
少しの寂しさが生まれる。
だが……
「父さん、送ってくれてありがとう」
薙がさり気なく僕の手に触れて、僕の温もりを持っていってくれた。
残された僕は寂しくはなく、ただ薙が触れてくれた手の甲を温かく感じていた。
親子の温もりを噛みしめながら、僕はゆっくりと帰路に就く。
思い切って、学校まで送ってあげてよかった。
僕がして欲しかったことを、薙にはしてやりたかったんだよ。
月影寺が見えてくると、山門の脇に作務衣姿の流が立っていて、僕を見つけると、すぐに駆け寄ってくれた。
「翠、大丈夫だったか」
「くすっ、まるで僕が試験を受けてきた子供みたいだね」
「だがっ」
遠い昔……
受験を終えて家に戻ると、こんな風に流が待っていたのを思い出した。
ポッと心が灯るような安心感を、あの日も今日も抱いている。
「ありがとう、流。寒かったろうに……」
冷え切った流の手に、今度は僕がそっと温もりを届けた。
「え、でも……丈と済ましたので」
「朝早く、軽くだろう? 和食の朝食もたまにはいいよ」
「そうですね」
洋くんの顔を見ていたら、一緒に朝食を食べたくなった。
「流、洋くんの分もあるかな?」
「もちろん。最初からそのつもりだ」
「流石、僕の……」
つい気が緩んで、人前で機転が利く流を自慢したくなってしまった。
その先の言葉を口には出さずに、目で伝えた。
流には充分伝わったようで、目を細めてくれた。
洋くんも、僕の横で嬉しそうにしている。
食卓の和やかな雰囲気に、僕の心もすっかり凪いでいた。
寺の庫裏は、いつしか人が集う場所になった。
「さぁ薙の合格を祈願して食べよう」
「オレ、緊張してきた」
僕に似ず強気な子なのに……
僕も自分のことのように緊張している。我が身のように感じているよ。
「流に温かいほうじ茶を淹れてもらおうか」
「……あぁ」
「薙はさ、絶対に俺の後輩になれるよ。ドーンっと構えていけ」
「薙くん、自信を持って、英語は君の得点源だよ」
流と洋くんからも励ましを受けて、薙も次第に明るい表情になっていく。
「そろそろ時間だ」
「ん」
皆に見送られて、薙と二人で家を出た。
ここから先は、父と子の世界だ。
僕は普段あまり父親らしいことが出来ていないので、せめて受験の朝くらい駅まで送ってやりたかった。だから袈裟を脱いで……父の顔に近づきたかったのだ。
「着いたよ」
「……」
「どうした?」
僕はまだ時間があるのを確認して、最寄りの駐車場に車を停めて薙と一緒に降りた。
「えっ、父さん?」
「せっかくだから受験会場まで送るよ。いいかな?」
薙は無言で頷いてくれた。
以前だったら遮断されていた場所に、僕はいる。
江ノ電に乗り換えると、受験会場に向かう親子が他にもいた。
過保護かと思ったが、大丈夫そうだ。
僕自身は親に付き添ってもらった経験がなかったので、勝手が分からない。
電車の中で、薙の手が膝の上で小さく震えているのに気付いた。
「そんなに震えていたら、鉛筆が持てないよ」
「父さん……オレ……格好悪いよな」
「そんなことない。父さんも受験の日は同じだった」
「父さんも?」
「あがり症なのかも」
「そんな風には見えないのに」
「……強くなれるよう……鍛錬したんだ」
「そうなんだ」
「頑張っておいで。どんな結果でも大丈夫だよ。その時、その時で薙らしい道を見つければいいのだから」
精一杯、父として、エールを送った。
「父さん、ここでいいよ」
学校の正門が近くなると、薙はぴたりと立ち止まり僕にそう言った。
少しの寂しさが生まれる。
だが……
「父さん、送ってくれてありがとう」
薙がさり気なく僕の手に触れて、僕の温もりを持っていってくれた。
残された僕は寂しくはなく、ただ薙が触れてくれた手の甲を温かく感じていた。
親子の温もりを噛みしめながら、僕はゆっくりと帰路に就く。
思い切って、学校まで送ってあげてよかった。
僕がして欲しかったことを、薙にはしてやりたかったんだよ。
月影寺が見えてくると、山門の脇に作務衣姿の流が立っていて、僕を見つけると、すぐに駆け寄ってくれた。
「翠、大丈夫だったか」
「くすっ、まるで僕が試験を受けてきた子供みたいだね」
「だがっ」
遠い昔……
受験を終えて家に戻ると、こんな風に流が待っていたのを思い出した。
ポッと心が灯るような安心感を、あの日も今日も抱いている。
「ありがとう、流。寒かったろうに……」
冷え切った流の手に、今度は僕がそっと温もりを届けた。
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