重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,396 / 1,657
第3部 15章

蛍雪の窓 2

しおりを挟む
「洋くんも一緒に朝食を食べよう」
「え、でも……丈と済ましたので」
「朝早く、軽くだろう? 和食の朝食もたまにはいいよ」
「そうですね」

 洋くんの顔を見ていたら、一緒に朝食を食べたくなった。

「流、洋くんの分もあるかな?」
「もちろん。最初からそのつもりだ」
「流石、僕の……」

 つい気が緩んで、人前で機転が利く流を自慢したくなってしまった。
 
  その先の言葉を口には出さずに、目で伝えた。

 流には充分伝わったようで、目を細めてくれた。

 洋くんも、僕の横で嬉しそうにしている。

食卓の和やかな雰囲気に、僕の心もすっかり凪いでいた。

 寺の庫裏は、いつしか人が集う場所になった。
 
「さぁ薙の合格を祈願して食べよう」
「オレ、緊張してきた」

 僕に似ず強気な子なのに……
 僕も自分のことのように緊張している。我が身のように感じているよ。
 
「流に温かいほうじ茶を淹れてもらおうか」
「……あぁ」
「薙はさ、絶対に俺の後輩になれるよ。ドーンっと構えていけ」
「薙くん、自信を持って、英語は君の得点源だよ」

 流と洋くんからも励ましを受けて、薙も次第に明るい表情になっていく。

「そろそろ時間だ」
「ん」

 皆に見送られて、薙と二人で家を出た。

 ここから先は、父と子の世界だ。

 僕は普段あまり父親らしいことが出来ていないので、せめて受験の朝くらい駅まで送ってやりたかった。だから袈裟を脱いで……父の顔に近づきたかったのだ。

「着いたよ」
「……」
「どうした?」

 僕はまだ時間があるのを確認して、最寄りの駐車場に車を停めて薙と一緒に降りた。

「えっ、父さん?」
「せっかくだから受験会場まで送るよ。いいかな?」

 薙は無言で頷いてくれた。

 以前だったら遮断されていた場所に、僕はいる。

 江ノ電に乗り換えると、受験会場に向かう親子が他にもいた。

 過保護かと思ったが、大丈夫そうだ。

 僕自身は親に付き添ってもらった経験がなかったので、勝手が分からない。

 電車の中で、薙の手が膝の上で小さく震えているのに気付いた。

「そんなに震えていたら、鉛筆が持てないよ」
「父さん……オレ……格好悪いよな」
「そんなことない。父さんも受験の日は同じだった」
「父さんも?」
「あがり症なのかも」
「そんな風には見えないのに」
「……強くなれるよう……鍛錬したんだ」
「そうなんだ」
「頑張っておいで。どんな結果でも大丈夫だよ。その時、その時で薙らしい道を見つければいいのだから」

 精一杯、父として、エールを送った。

「父さん、ここでいいよ」

 学校の正門が近くなると、薙はぴたりと立ち止まり僕にそう言った。

 少しの寂しさが生まれる。

 だが……

「父さん、送ってくれてありがとう」

 薙がさり気なく僕の手に触れて、僕の温もりを持っていってくれた。

 残された僕は寂しくはなく、ただ薙が触れてくれた手の甲を温かく感じていた。

 親子の温もりを噛みしめながら、僕はゆっくりと帰路に就く。

 思い切って、学校まで送ってあげてよかった。

 僕がして欲しかったことを、薙にはしてやりたかったんだよ。

 月影寺が見えてくると、山門の脇に作務衣姿の流が立っていて、僕を見つけると、すぐに駆け寄ってくれた。

「翠、大丈夫だったか」
「くすっ、まるで僕が試験を受けてきた子供みたいだね」
「だがっ」

 遠い昔……

 受験を終えて家に戻ると、こんな風に流が待っていたのを思い出した。

 ポッと心が灯るような安心感を、あの日も今日も抱いている。
 
「ありがとう、流。寒かったろうに……」

 冷え切った流の手に、今度は僕がそっと温もりを届けた。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...