重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 39

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 月影寺のクリスマスとお正月を楽しく書いてきましたが、今日から春先の翠の退院前夜まで、時を戻します。ここを書かないと14章が終われないので、ややっこしくなってすみません。

 
 身も心も 39

 ****

「白玉あんみつまでつけてもらって、お腹いっぱいだよ。洋さんご馳走様」
「こちらこそ楽しかったよ」

 月下庵茶屋を出て、またオレたちは歩き出した。

 洋さんとふたりで甘味屋に寄り道なんて初めてで、楽しかった。

「さぁ、もう月影寺に帰ろう」
 
 オレにも漸く、まともに帰れる家が出来たんだな。

 二年前、仕事優先でろくに家にいなかった母が渡仏することになり、突然父さんに預けられることになった。当初は大人って気まぐれで我が儘だと呆れいていたし、正直、流さんと暮らせるのは嬉しいが、父さんや弟の丈さんのことには、まるで無関心だった。

 それがどうだ? 今のオレは父さんの退院を心待ちにし、丈叔父さんのパートナーと仲良く寄り道をしている。

 人生って面白いな。
 こんなにも変わっていくのか。

 そうか……

「洋さん、あのさ一寸先は闇じゃなくて、一寸先は光(希望)だったんだな」
「薙くん、俺も今では……そう思えるようになったよ」
「洋さんも?」
「あぁ、薙くんとこんな風に歩けるようになったのも嬉しいよ」

 洋さんの美しさには、どこか影がある。
 そしてその美しさが仇になったことが……きっと、きっとあったのだろう。

 だが過去はもう振り返らない。
 オレも父さんも、みんな前を見て歩いているのだから。

 ****

「兄さん、良かったですね。経過は良好なので、予定通りもう退院していいですよ」
「丈、本当か」
「ええ、さぁもう着替えて下さいよ」
「うん! 流……僕の服を出しておくれ」
「了解だ」
 
 兄さんは最近、少し幼くなった。
 それが可愛らしく、私は目を細めて無邪気に喜ぶ様子を見守った。

 胸元に長年こびりついた諸悪の根源は、根刮ぎ消した。
 だからなのか、入院中一度も傷の痛みを訴えることもなく、涼しい顔をしていた。

 兄さんが忍耐力が強いのは知っていた。
 鍛錬を積んだ身体なことなのも知っている。

 やはり人間の身体と心は直結しているのだな。

 心を鍛えると身体も強くなる。
 
 ふと愛しい洋のことを思い浮かべた。

 無残に引き裂かれボロボロになった心と身体で私の胸に飛び込んできたあの日から、もう長い年月が経過した。最近は貧血になることも減り、顔色もぐっと良くなった。

 由比ヶ浜の診療所を手伝いたいという申し出も、本当に嬉しかった。

 寄せては返す波のように、私の愛は永遠に洋に注ぎ込んでいく。

「丈、どうだい?」
「いいですね」

 振り向くと、翡翠色の着物姿の兄が優美に微笑んでいた。

「その着物も流兄さんが誂えたのですか」
「そうさ、退院の日のために新調したんだ」
「よく似合っていますよ」

 気高い兄を守る盾のような着物だ。

 もう二度と穢されることのないように、そんな流兄さんの祈りが込められていると思った。

「翠……もう帰ろう」
「うん、一緒に帰ろう」

 翠兄さんと流兄さん。

 私の二人の兄は相思相愛だ。

 互いに顔を見合わせて、微笑みあい、それから力強い新しい一歩を踏み出した。

 二人の行く末に、幸あれ――

 明るい春の日の出発だ。

 

   
 
 


 

 

 
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