重なる月

志生帆 海

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14章

新春特別編 雪見の宵 3

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「翠、疲れただろう。身体が冷えているな。先に風呂にするか」
「そうだね」

 翠の視線は、窓の外だ。

「雪……あのまま降り続いたんだね」
「あぁ、粉雪だからあっという間に積もったな。今宵は雪を愛でながら酒を交わそう」
「どこで?」
「縁側に座って、ガラス越しに月見台に積もる雪を眺めよう」
「あぁ、成程……それはいいね」
 
 何故か翠の横顔が火照ったので……不思議に思い、覗き込んだ。

「どうした?」
「い、いや」
「?」

 そうか、翠は俺に抱かれることを意識しているのだ。
 翠は俺に一刻も早く抱かれたがっている。

「まずは風呂に入れよ」
「……うん」

 翠の袈裟をはらりと床に落とすと、素肌が汗ばんでいた。

「風邪をひくぞ」
「忙しかったから……結構身体を動かしたようだ」
「働き過ぎだ」

 脱げば細身だが適度にうっすら筋肉のついた身体は、硬質な色気を放ち、即座に俺を惑わす。

 まだ早い。

 今宵は……湯で温め、酒で温めた身体を抱くつもりだ。

 だから檜風呂に翠の身体を深く沈めてやる。

「流……僕の手術痕、また一段と薄くなったと思わないか」
「あぁ、よかったな」
「テツさんのクリームは万能だ。流の手の傷にも塗ってあげるよ」
「手?」
「ほら、小さい時に彫刻刀で切ってしまった傷がここにあるだろう?」
「よく覚えているな」
「あの時は、血が止まらなくて怖かった」

 翠が俺を見上げ、湯船に一緒に入ろうと甘く誘ってくる。

「いいのか」
「当たり前だよ」

 バサッと作務衣を脱ぎ捨てれば、翠の裸を見ただけで既に欲情しているものが露わになる。

「流……もうそんなに?」

 翠は気まずそうに目を伏せるが、逃げはしない。

 俺は掛け湯のあと、ドボンっと湯に浸かり、翠を大胆に抱きしめる。

「大晦日から三が日、つつがなく終わったな。お疲れさん」
「流にこうしてもらいたくて……頑張ったんだ」

 翠が俺の胸板に背中を預けてくれるので、俺は腰に手を回して更に密着させてやる。

浴室の窓は三方が硝子張りなので、まさに雪見風呂だ。

 少し天窓を開けてやると、雪がはらはらと頭上から湯船に舞い降りて来た。

 しんしんと舞い降りてくる白い雪は、そのまま湯にスッと溶けていく。

「ここ……露天風呂みたいだね」
「ふっ、全部計算済みさ。何しろこの離れは、春夏秋冬、翠を愛でるために設計したからな」

 白い雪が俺たちの熱で溶けていく様を見つめていた翠が、何故かほろりと涙を流した。

「ど、どうした?」
「ごめん。湯に浸かりホッとしたら……急に湖翠さんの思念が紛れ込んだみたいで……あの人は夕凪の空に紛れて、静かにこの世を去ったんだよ」
「そうなのか」
「流水さんは?」
「……朝日に消えたよ。朝日を掴もうと……あの世に旅立った」
「消えてしまうのは、怖いね」

 翠が心細い顔で、俺を見つめる。
 だから俺は翠の顎を掴んで、口づけをしてやる。

「雪が溶けても消えないのが、俺たちの想いだろう。雪をも溶かす熱い想いを抱いているのが、俺たちだ」

 清らかな粉雪が翠の剥き出しの肩に触れると、すっと身体の熱で溶けていった。



 雪は月影寺を包み込む。

 静寂の森を見つめながら、俺たちは長湯しすぎた身体を冷ますために……月見台にせり出した縁側で酒を交わした。

「いつもの酒だ。それから、これは新作の酒器だ」
「すごいね、硝子の竹の形だ」
「そうだ、翠に似合うと思って誂えた」
「流に酔わせて欲しい」
「もちろんだ」

 明日は正月の勤めが減るので、少しゆったり出来る。

 俺たちはもうお互いに限界だった。

 求めて、求め合おうじゃないか。

 雪降る寺に積もるのは……愛だから。
 
 しんしんと……最初は静かに俺たちは火照った身体を重ね、熱い吐息で互いを追いかけながら、身体を繋げて一つになった。

 永遠に溶けない愛がここにある。

 雪見の宵は、小夜更けて……




                      新春特別編 雪見の宵 了


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