重なる月

志生帆 海

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14章

新春特別編 雪見の宵 2

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  貧血を起こした俺は、結局そのまま離れの部屋に戻らされた。
 
 流さんは気にするなと言うが、俺が気になるのだ。

 寺の繁忙期に全く役立たずで、不甲斐ない。

 翠さんの手を煩わせてしまい、申し訳ない。

 くそっ、俺はどうしていつも肝心な時に貧血を起こすのか。

 自分に腹を立てて不貞寝していると、クリスマスにやってきた白猫のフォーがすり寄ってきた。

「ん? フォー どうした?」
「ニャア……」

 ささくれ立った心に、小さくてあどけない温もりは愛おしかった。

『フォー』は、英語の『for』から来ている。

 丈が名付けてくれたのだ。

『この白猫は洋のために飼うんだ。洋のため『for you』だから、フォーにしよう』
 
 フォーを抱きしめたまま、ベッドに丸まった。

 そのまま暫く眠っていたようで、丈の声で目が覚めた。
 
「洋、どこにいる? 兄さんから聞いたぞ、貧血を起こしたそうだな」
「丈……」

 手を彷徨わせると、丈にふわりと抱きしめられた。

「もう大丈夫なのか。まだ辛いのか」
「ごめんな」
「謝るな、無理をさせてすまない」
「無理なんてしていない。手伝えて嬉しかったんだ」
「そうだな。最近貧血の頻度は減っていたが……大晦日から働きづめの上に、昨夜も私を何度も受け入れたりするから……本当にすまない」

 俺達は毎晩のように睦み合う。俺の本能が丈を求めてやまないから。

「そのことは関係ないさ。そのお陰で丈夫になったし。今日は御朱印所を任されて……朝からずっと混雑していて休む暇がなかったんだ」
「そうか……それは……洋の美しい姿を人目に晒したくない理由のひとつになるな」

 丈が俺の頬を撫でて、愛おしげに見つめてくる。

「丈は心配症だな。俺は誰にも靡かないよ。丈だけのものなのに」

 丈の身体からは、まだ消毒薬の匂いがした。

「丈こそ、休日出勤……大変だったな。お疲れ様」
「入院患者がいるので、正月は出てばかりだったな。だがもうすぐこの生活ともお別れだ」

 由比ヶ浜の診療所……本当は昨年の夏にオープンのはずが、総合病院の方をすんなり辞められず、延び延びだったもんな。

「洋を散々待たせてしまったな」
「いや、ちょうど良かったよ。俺の翻訳の仕事も長引いてしまったから」
「……翻訳の仕事を、本当に減らしていいのか」
「もちろんさ。年末に父の縁の大切な仕事を納品し一区切りついたから、気持ちが吹っ切れたよ」
「そうか」
「あのさ、俺が翻訳したかた手前味噌になるが……本当にいい話だったよ。絶望の中に差し込む光、目映い光を掴んで浮上していく話だった」
「あの家庭教師と庭師の話か」
「そうだ。春には浅岡洋の名前で翻訳出版されるそうだよ、先生が口添えして下さったお陰で……」
「絶対に買うよ」
「ありがとう」
「丈……身体が、冷えているな」

 そうか、昼間の雪が降り続いているのか。

 今年は年明けから冷え込んでいた。

 元旦の午前中も粉雪が舞ったが、今日の雪は牡丹雪でいよいよ積もりそうだ。
 
 しんしんと降り続け。

 厳かに白く白く……俺達の月影寺を包みこんでくれ。

 睦み合う声が漏れ出さぬよう、すっぽりと。

「丈、冷えているな。 温めてやるよ」

 両手を広げて、空に浮かぶ月を抱くように丈を抱きしめる。

「洋、元旦から急患でバタバタしていて、ちゃんと言えなかったが、改めて……あけましておめでとう。今年もいい年にしよう」
「丈……とうとう始まるな」
「あぁ」
 


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