重なる月

志生帆 海

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14章

クリスマス特別編 月影寺の救世主 5

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「洋くん、お疲れ様。君のお陰で助かったよ」
「少しは役に立てたのなら、嬉しいです」
「あぁ、君は良くやってくれた」

 翠さんが心から労ってくれるのが、嬉しかった。

 いつもは足手纏いで不器用な俺だが、習字だけは自信がある。母からの手解きが役に立つ日が来るなんて感慨深い。お客様に墨汁や筆の扱いを教えてあげたり、手本を書いたりと忙しい時間だったな。でも達成感があった。

「さてと、そろそろ丈が戻ってくる時間だね。洋くんはそろそろ離れにお戻り」
「ありがとうございます」
「洋、ほら、これは俺からのご褒美だ」

 流さんから大きなバスケットを手渡された。中には温かなシチューと焼きたてのパンが入っていた。

「サラダくらい作れそうか」
「はい」
「いや、やっぱり駄目だ。指でも切ったら大変だから、大人しく待っていろ」
「……ううっ、信用されていませんね」
「丈のために我慢しろ」

 確かに筆は持てても包丁はからきし駄目だ。ここは大人しく離れで丈の帰りを待とう。

「今宵は、二人でゆっくり過ごせ」
「はい! 翠……兄さんと、流……兄さんも……」
「いいな、その呼び方!」

 離れに戻ると、すぐに丈が帰ってきた。
 
「洋、ただいま」
「お帰り、丈。息を切らしているな。駅から走ったのか」
「ちょっとやることがあってな」
「ん?」
「いいから」

 俺たちは玄関先でキスを交わす。
 これはいつもの日課。

「まずは風呂に入ろう」
「うん、一緒に入るか」
「もちろん」

 湯船の中で丈の逞しい胸板にもたれながら、今日1日にあったことを話した。

「丈……俺ね……母さんに習字を習っておいてよかったよ」
「洋の書く文字は、この美しい顔と同じで美麗だ」
「んっ……あっ」

 丈が俺の顎を掬い深い接吻を受ける。
 その口づけが首筋に埋められると、期待で下半身が震えた。

「ん……まだ駄目だ。俺……働いたから腹が空いている」
「そうだな。今はここまでで我慢するよ」



 聖夜に乾杯――

 ふたりでソファに座り、シャンパングラスを傾けた。ビーフシチューは流さんの十八番で絶品で、手作りのパンは香ばしく美味しかった。

「美味しいな」
「あぁ、兄さんのお陰でゆっくり出来るよ」
「俺たちは周りにサポートしてもらっているんだな」
「……洋はもうひとりではない。それは私にも言えることだ」
「あぁ、そう思っている」

 10代のクリスマスは、どこまでも寂しかった。

 だが丈と出会ってからは毎年、丈が思い出を置いてくれる。

 今年はどんな思い出が残るだろう?

「洋、おいで……そろそろデザートにしよう」
「そうだ、昼に出した和菓子があるんだ。クリスマスのだよ」

 写経会で出した上生菓子をもらったので出そうと思ったら、丈に制された。

「それは後にしよう」
「丈? デザートはいらないのか」
「もう待ちきれないのだ」
「?」
「こっちだ、窓辺に来い」

 寝室のカーテンを、丈が全開にする。
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