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14章
身も心も 37
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「小森くん~ そろそろおやつの時間よ。こっちにいらっしゃい」
「あ、はい!」
翠さんのお母様は、三時になると欠かさず、僕におやつを下さる。
たぶん入院中のご住職が、しっかり申し送りして下さったからだ。
「さぁさぁ座って。今日は鎌倉大川軒のレーズンサンドよ」
「……わぁ、ありがとうございます」
「珈琲とお紅茶、どちらがいい?」
「えっとお紅茶で」
でも、おやつにあんこが一度も出ないんだ。
贅沢なんて言えないけれども、昨日はシュークリーム、一昨日はチーズケーキ、あぁん……もう何日もあんこを口にしていないよ。
「ぐぅ……」
「あらあら可愛いことね。お腹空いているのね。じゃあ沢山食べなさい」
「あ、ありがとうございます」
ひぃ……どうしよう!
「ところで小森くんって、今何歳になったの?」
「今年で二十歳になりました」
「まぁ、もうそんなに? 確か中学卒業してすぐに翠に弟子入りしたのよね」
「はい、そうです」
「よく見たら、子リスみたいに可愛い顔をしているのね」
「子栗鼠!」
「もうお年頃なのね。誰かお見合い相手でも探してあげましょうか」
「ぶほっ!」
紅茶を吹きそうになりましたよー! な、何を言うんですか。
「え! 駄目……駄目です。そんなの絶対に駄目です。僕には……ぼ、僕には」
あーん、こんな時なんて言えばいいのですか。
流さーん!! どこですかぁ~!
「あらあら、そんなに照れなくても。ねぇ、いつでも私を頼ってね」
「……え、えっと……」
蚊の鳴くような声になってしまったですよ。
「じゃあ、これ全部どうぞ」
お皿の上に山盛りになったレーズンサンドを見つめて、ふぅっと溜め息をついた。
「ただいまー あれ? おばあちゃん、オレのおやつは?」
「今、居間で小森くんが食べているから、薙も一緒に食べなさい」
「はーい!」
翠さんの息子の薙くんは、大の洋菓子党だ!
よかった~これ、食べてもらおう。
僕は甘い物大好きですよ。でも……あんこ党なんです。
大奥様~ ごめんなさい。
ご住職さまが入院中で、流さんもその付き添いでバタバタしているので、僕は最近残業続きです。この1週間、あんこに会えていないのですよ。
しょぼぼん。
「あ? 悪い? まだ食べるんだった?」
「い、いえ、どうぞ、どうぞ」
「ひもじそうな顔をしているから」
「ひ・も・じ・い!」
そうか、僕……ひもじいんだ。
あんこが恋しいですよ~!
****
月下庵茶屋に入ると、おばあさんが店番をしていた。
「あらぁ~ようちゃんね。そっちはすいちゃんにそっくりね」
「あ、翠さんの息子さんです」
「あぁそうだったわ。何度か来たことあるわね」
「はい」
俺と薙くんは、顔を見合わせて笑った。
「洋さん、何を買う?」
「確か……翠さんはいつも小森くんにこのお饅頭を買っていたよ」
「じゃあこれを……ひもじそうだったから十個かな」
「あ、俺が出すよ」
薙くんを見ると、薙くんもひもじそうな顔をしていた。
こんな時って、誘っていいのか。俺は友人と寄り道なんて、ろくにしたことないから分からないよ。
安志以外……気軽に寄り道する友人なんて出来なかった。いつも周囲に警戒ばかりして、あの頃の俺は本当に孤独だった。自ら孤独を選んでいたんだったな。
だが今は違う。尊敬する翠さんの息子、薙くんが俺を兄のように慕ってくれる。寄り道しようと誘ってくれる。
だから……歩み寄りたい。俺からも。
「薙くん、何か食べていこうか」
「いいの? でもオレ今月小遣いピンチ!」
「ふっ、この位、奢ってあげるよ。この前翻訳の仕事が入ったからね」
「やったー! オレ焼きうどんがいい!」
てっきり翠さんの好物の『白玉あんみつ』を食べたがるのかと思ったら、豪快に『焼きうどん』なんだ。
薙くんって、見た目は翠さんなのに、中身はやっぱり流さんだ。
「ここの美味しいんだよ、洋さんも食べようよ」
「そうだね、俺も焼きうどんにしてみようかな」
「やった! 一緒だな」
一緒か。
何だか胸の奥が、くすぐったい。
憧れていた世界に足を一歩踏み入れたような、ときめきを感じているのだ。
今日の出来事は、あとで丈に報告しよう。
俺も歩み出していること、お前に伝えたい。
あとがき(不要な方はスルーで)
****
いつも読んで下さってありがとうございます。
今日の前半、小森くんの話は、最近『幸せな存在』で書いた『湘南ハーモニー』と番外編『恋ころりん』を踏まえています。未読の方は申し訳ありません。小森くんの恋の相手、実はちゃんといるのです💓
「あ、はい!」
翠さんのお母様は、三時になると欠かさず、僕におやつを下さる。
たぶん入院中のご住職が、しっかり申し送りして下さったからだ。
「さぁさぁ座って。今日は鎌倉大川軒のレーズンサンドよ」
「……わぁ、ありがとうございます」
「珈琲とお紅茶、どちらがいい?」
「えっとお紅茶で」
でも、おやつにあんこが一度も出ないんだ。
贅沢なんて言えないけれども、昨日はシュークリーム、一昨日はチーズケーキ、あぁん……もう何日もあんこを口にしていないよ。
「ぐぅ……」
「あらあら可愛いことね。お腹空いているのね。じゃあ沢山食べなさい」
「あ、ありがとうございます」
ひぃ……どうしよう!
「ところで小森くんって、今何歳になったの?」
「今年で二十歳になりました」
「まぁ、もうそんなに? 確か中学卒業してすぐに翠に弟子入りしたのよね」
「はい、そうです」
「よく見たら、子リスみたいに可愛い顔をしているのね」
「子栗鼠!」
「もうお年頃なのね。誰かお見合い相手でも探してあげましょうか」
「ぶほっ!」
紅茶を吹きそうになりましたよー! な、何を言うんですか。
「え! 駄目……駄目です。そんなの絶対に駄目です。僕には……ぼ、僕には」
あーん、こんな時なんて言えばいいのですか。
流さーん!! どこですかぁ~!
「あらあら、そんなに照れなくても。ねぇ、いつでも私を頼ってね」
「……え、えっと……」
蚊の鳴くような声になってしまったですよ。
「じゃあ、これ全部どうぞ」
お皿の上に山盛りになったレーズンサンドを見つめて、ふぅっと溜め息をついた。
「ただいまー あれ? おばあちゃん、オレのおやつは?」
「今、居間で小森くんが食べているから、薙も一緒に食べなさい」
「はーい!」
翠さんの息子の薙くんは、大の洋菓子党だ!
よかった~これ、食べてもらおう。
僕は甘い物大好きですよ。でも……あんこ党なんです。
大奥様~ ごめんなさい。
ご住職さまが入院中で、流さんもその付き添いでバタバタしているので、僕は最近残業続きです。この1週間、あんこに会えていないのですよ。
しょぼぼん。
「あ? 悪い? まだ食べるんだった?」
「い、いえ、どうぞ、どうぞ」
「ひもじそうな顔をしているから」
「ひ・も・じ・い!」
そうか、僕……ひもじいんだ。
あんこが恋しいですよ~!
****
月下庵茶屋に入ると、おばあさんが店番をしていた。
「あらぁ~ようちゃんね。そっちはすいちゃんにそっくりね」
「あ、翠さんの息子さんです」
「あぁそうだったわ。何度か来たことあるわね」
「はい」
俺と薙くんは、顔を見合わせて笑った。
「洋さん、何を買う?」
「確か……翠さんはいつも小森くんにこのお饅頭を買っていたよ」
「じゃあこれを……ひもじそうだったから十個かな」
「あ、俺が出すよ」
薙くんを見ると、薙くんもひもじそうな顔をしていた。
こんな時って、誘っていいのか。俺は友人と寄り道なんて、ろくにしたことないから分からないよ。
安志以外……気軽に寄り道する友人なんて出来なかった。いつも周囲に警戒ばかりして、あの頃の俺は本当に孤独だった。自ら孤独を選んでいたんだったな。
だが今は違う。尊敬する翠さんの息子、薙くんが俺を兄のように慕ってくれる。寄り道しようと誘ってくれる。
だから……歩み寄りたい。俺からも。
「薙くん、何か食べていこうか」
「いいの? でもオレ今月小遣いピンチ!」
「ふっ、この位、奢ってあげるよ。この前翻訳の仕事が入ったからね」
「やったー! オレ焼きうどんがいい!」
てっきり翠さんの好物の『白玉あんみつ』を食べたがるのかと思ったら、豪快に『焼きうどん』なんだ。
薙くんって、見た目は翠さんなのに、中身はやっぱり流さんだ。
「ここの美味しいんだよ、洋さんも食べようよ」
「そうだね、俺も焼きうどんにしてみようかな」
「やった! 一緒だな」
一緒か。
何だか胸の奥が、くすぐったい。
憧れていた世界に足を一歩踏み入れたような、ときめきを感じているのだ。
今日の出来事は、あとで丈に報告しよう。
俺も歩み出していること、お前に伝えたい。
あとがき(不要な方はスルーで)
****
いつも読んで下さってありがとうございます。
今日の前半、小森くんの話は、最近『幸せな存在』で書いた『湘南ハーモニー』と番外編『恋ころりん』を踏まえています。未読の方は申し訳ありません。小森くんの恋の相手、実はちゃんといるのです💓
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