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14章
身も心も 35
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「父さん、明日学校から帰ってきたら、もう家にいる?」
「うん、午前中には退院するよ」
「そうか、分かった。明日は部活がないから、まっすぐ帰ってくるよ」
「嬉しいよ」
僕を避けてばかりの薙は、もういない。
僕の為に走って帰宅する息子の姿を想像すると、心がポカポカになった。
大學卒業後すぐに結婚し、すぐに子供を授かり、正直戸惑うことも多かった。
それでも僕は僕なりに薙を愛していたのだ。
育児は積極的に手伝った。おしめも替えたし、グズった時は明け方まで窓辺で抱っこしていたこともある。熱を出せば病院に走り、風呂も一緒に入った。だから五歳で離婚するまで、薙は「パパ、パパ」と無邪気に懐いてくれていた。
だが……突然の離婚。その直後に目が見えなくなり、すぐに会いに行けなかった。
あの頃の僕はボロボロで、流の支えなしには生きて行けないほど打ちのめされていた。
僕がよかれと思った道が根こそぎ覆されたショック、信じていた道が崩れ落ちた虚無感に苛まれていた。根気よく僕を支えてくれた流のお陰で視力は何とか取り戻せたが、薙の心は取り戻せなかった。
彩乃さんから何を聞いたのか、何を植え付けられたのか知らないが、小学生になった薙の心を掴むことが出来ずに、次第に月に一度許されたせっかくの面会は辛いものとなっていた。
唯一、流には心を開いてくれたから、僕は自ら退いてしまったのだ。
思え返せば後悔ばかりの僕。
こんな酷い父親だったのに、僕の身体を心配し、僕のために泣いてくれる薙に心を打たれた。
この子の父親として生きて行ける喜び、誇りをもう一度持とう。
薙と洋くんが帰宅すると、流と二人きりになった。
そのまま配膳された夕食を食べ、シャワーを浴びて出てくると、流は持参した弁当を食べていた。
「ふぅん、いいね。美味しそうだ」
「食うか」
「流の卵焼きは甘くて美味しいから……欲しい」
「よしよし正直だな。ほら口を開けろ。あーんっと大きくな」
「そっ、そんなこと出来ないよ」
照れ臭くて首を横に振ると、流が豪快に笑う。
「ははっ、よーし、今から月影寺に戻ったらしにくいことをしようぜ」
「な、何を?」
「ほれ、あーん」
「もうっ」
観念して唇を薄く明けると、何故かチュッと派手なリップ音を立てながらキスされた。
「えっ?」
「甘い物をご所望かって思ったのさ」
「流!」
「翠、こっち向けよ。食事しながらキスなんて戻ったら出来ないだろ」
だから……僕たちは溺れるようなキスをした。
「駄目だ……もう、これ以上は」
「だな、俺もシャワー借りるよ」
「う、うん……」
正直……ここは丈が気を利かせてくれた広い個室だから、この先の行為をしても……と思うのに、どうして僕に触れない?
いつも大型犬にように僕を伸し掛かってくるのに、流が大人しいと拍子抜けだよ。
「翠、物足りないか」
「そんなことない」
「傷が癒えたら思いっきり抱きたいんだ。だから我慢してる。早く治って欲しいからさ」
流は苦しくないのか。それで……
「俺は慣れている。修行僧として二十年だぞ。年季が入っている」
「ば、馬鹿!」
それでは流は……十六歳から僕に欲情していたと、バラしているようなものだよ。
学生服の流を想像すると、何故か僕の方が猛烈にやましい気分になった。下半身がゾクゾクして来たので、慌てて膝を抱えた。
結局、流は僕に手を出さず……手だけ繋いでくれた。
「翠、良かったな」
「退院? それとも薙とのこと?」
「どっちもだ」
「うん、薙が僕のために泣いてくれるなんて――信じられないよ」
「あの子は疎遠になってしまった時期も心の底では、翠を慕っていたよ」
「そうなのか」
「あの頃……翠が俺に面会を任せていた時期があっただろう」
耳が痛いな。苦い時代の話だ。
「うん……」
「薙は、必ず一度は翠の様子を聞いてきた」
「え……」
「『お父さんは元気? 身体は大丈夫なの?』とな」
「……そうだったのか」
「アイツは天邪鬼だから、俺が丁寧に翠の様子を話そうとすると『そんなこと別に興味ないし、聞いてない』って怒ってさ。心の中では知りたくてしょうがなかったくせにな」
流の昔話は、僕を勇気づけてくれる。
「流……僕、退院したら……薙との関係を本気でやり直したいんだ」
「あぁ、今はもうお互い素直になっている。だからそんなに力を入れなくても大丈夫だ。翠は、とにかくもう我慢しないこと。それが一番上手くいく秘訣だぞ」
「……分かった」
「さぁもう眠れ」
「まだ9時だよ……眠れないよ、何かもっと話してくれないか」
「可愛いな。甘えてるんだな」
「べ、別に」
「嬉しいよ、翠……」
流の声は、子守歌。
明日へ続く道標だ。
「うん、午前中には退院するよ」
「そうか、分かった。明日は部活がないから、まっすぐ帰ってくるよ」
「嬉しいよ」
僕を避けてばかりの薙は、もういない。
僕の為に走って帰宅する息子の姿を想像すると、心がポカポカになった。
大學卒業後すぐに結婚し、すぐに子供を授かり、正直戸惑うことも多かった。
それでも僕は僕なりに薙を愛していたのだ。
育児は積極的に手伝った。おしめも替えたし、グズった時は明け方まで窓辺で抱っこしていたこともある。熱を出せば病院に走り、風呂も一緒に入った。だから五歳で離婚するまで、薙は「パパ、パパ」と無邪気に懐いてくれていた。
だが……突然の離婚。その直後に目が見えなくなり、すぐに会いに行けなかった。
あの頃の僕はボロボロで、流の支えなしには生きて行けないほど打ちのめされていた。
僕がよかれと思った道が根こそぎ覆されたショック、信じていた道が崩れ落ちた虚無感に苛まれていた。根気よく僕を支えてくれた流のお陰で視力は何とか取り戻せたが、薙の心は取り戻せなかった。
彩乃さんから何を聞いたのか、何を植え付けられたのか知らないが、小学生になった薙の心を掴むことが出来ずに、次第に月に一度許されたせっかくの面会は辛いものとなっていた。
唯一、流には心を開いてくれたから、僕は自ら退いてしまったのだ。
思え返せば後悔ばかりの僕。
こんな酷い父親だったのに、僕の身体を心配し、僕のために泣いてくれる薙に心を打たれた。
この子の父親として生きて行ける喜び、誇りをもう一度持とう。
薙と洋くんが帰宅すると、流と二人きりになった。
そのまま配膳された夕食を食べ、シャワーを浴びて出てくると、流は持参した弁当を食べていた。
「ふぅん、いいね。美味しそうだ」
「食うか」
「流の卵焼きは甘くて美味しいから……欲しい」
「よしよし正直だな。ほら口を開けろ。あーんっと大きくな」
「そっ、そんなこと出来ないよ」
照れ臭くて首を横に振ると、流が豪快に笑う。
「ははっ、よーし、今から月影寺に戻ったらしにくいことをしようぜ」
「な、何を?」
「ほれ、あーん」
「もうっ」
観念して唇を薄く明けると、何故かチュッと派手なリップ音を立てながらキスされた。
「えっ?」
「甘い物をご所望かって思ったのさ」
「流!」
「翠、こっち向けよ。食事しながらキスなんて戻ったら出来ないだろ」
だから……僕たちは溺れるようなキスをした。
「駄目だ……もう、これ以上は」
「だな、俺もシャワー借りるよ」
「う、うん……」
正直……ここは丈が気を利かせてくれた広い個室だから、この先の行為をしても……と思うのに、どうして僕に触れない?
いつも大型犬にように僕を伸し掛かってくるのに、流が大人しいと拍子抜けだよ。
「翠、物足りないか」
「そんなことない」
「傷が癒えたら思いっきり抱きたいんだ。だから我慢してる。早く治って欲しいからさ」
流は苦しくないのか。それで……
「俺は慣れている。修行僧として二十年だぞ。年季が入っている」
「ば、馬鹿!」
それでは流は……十六歳から僕に欲情していたと、バラしているようなものだよ。
学生服の流を想像すると、何故か僕の方が猛烈にやましい気分になった。下半身がゾクゾクして来たので、慌てて膝を抱えた。
結局、流は僕に手を出さず……手だけ繋いでくれた。
「翠、良かったな」
「退院? それとも薙とのこと?」
「どっちもだ」
「うん、薙が僕のために泣いてくれるなんて――信じられないよ」
「あの子は疎遠になってしまった時期も心の底では、翠を慕っていたよ」
「そうなのか」
「あの頃……翠が俺に面会を任せていた時期があっただろう」
耳が痛いな。苦い時代の話だ。
「うん……」
「薙は、必ず一度は翠の様子を聞いてきた」
「え……」
「『お父さんは元気? 身体は大丈夫なの?』とな」
「……そうだったのか」
「アイツは天邪鬼だから、俺が丁寧に翠の様子を話そうとすると『そんなこと別に興味ないし、聞いてない』って怒ってさ。心の中では知りたくてしょうがなかったくせにな」
流の昔話は、僕を勇気づけてくれる。
「流……僕、退院したら……薙との関係を本気でやり直したいんだ」
「あぁ、今はもうお互い素直になっている。だからそんなに力を入れなくても大丈夫だ。翠は、とにかくもう我慢しないこと。それが一番上手くいく秘訣だぞ」
「……分かった」
「さぁもう眠れ」
「まだ9時だよ……眠れないよ、何かもっと話してくれないか」
「可愛いな。甘えてるんだな」
「べ、別に」
「嬉しいよ、翠……」
流の声は、子守歌。
明日へ続く道標だ。
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