重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 33

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 術後、僕の入院生活は順調に過ぎていった。

 日中は丈が忙しい合間を縫って、何度も覗いてくれた。もちろん傷の処置を兼ねてだが、本当に何度も来てくれるので、擽ったい気持ちになったよ。

「兄さん、入りますよ」
「丈!」
「さぁ、傷の手当てをしましょう」
「うん」
「ふっ」
「何で笑うんだい?」
「兄さんは本当はとても可愛らしい人だったんですね」
「えっ……」
「『うん!』なんて可愛い返事、洋は滅多にしないですよ」
「そ、そうなのか」
「そうですよ。くくっ、今度はそんなに目を丸くして」

 いつも部屋の片隅で本を読んでばかりで、僕の方をろくに見てくれなかった弟はもういない。今はこんな風に僕を揶揄い、フランクに話してくれる。

「丈こそ、本当は結構な『いじめっ子』だったんだね」
「はぁ? 『いじめっ子』って、くくっ、兄さんはやっぱり可愛い人ですね」
「また!」

 フランクなやりとりで、傷の処置を受けている間、僕をリラックスさせてくれる。

「はい、完了です。さぁ、もう服を着ていいですよ。傷の治りはとても順調です。これなら後は自宅で経過観察に移行しても大丈夫ですね」
「本当か。家に戻れるのか」
「えぇ、明日退院です」

 ようやく月影寺に帰れるのか。
 そう思うと、胸が高鳴った。

「兄さんには、やはり月影寺が似合います」
「そうかな? 丈と洋くんにも似合うよ」
「ありがとうございます。あの時兄さんを頼って身を寄せて良かったです。兄さん、私の開業は三ヶ月後になりました。もう退職に向けて準備も始めています」
「順調に進んでいるんだね」

 いよいよなのか、僕が通った由比ヶ浜の病院が蘇るのは。

「海里先生もきっと喜んでいるよ」
「だといいですが。兄さんは海里先生に何度も会っているのですよね?」
「あの頃の僕にとって海里先生の診療所は逃げ場みたいだったからね」
「……そうだったのですね。羨ましいです。手術のアドバイス等、彼が遺した治療方法は本当に素晴らしかったので、医師としても会っておきたい人でした」

 丈は少し悔しそうに、窓の外を見上げた。
 
「そうだね。海里先生とは色々な話をさせていただいたよ。そうだ、丈のことも何度か話題にしたよ」
「そうなんですか」
「だから間接的に会っているんだよ」
「なるほど、兄さんは前向きになりましたね」
「そうかな?」
「私も見習いたいです」
 
 丈が朗らかに笑う。
 いいね、優しくて明るい笑顔だ。 

「丈はやっぱり明るくなった。診療所ではその調子でね」
「洋にも……ムスッとしていないで笑えと言われています」
「ははっ手厳しいね。丈と洋くんは二人三脚で歩み出すんだね。応援しているよ」
「ありがとうございます。おっと、そろそろ流兄さんが来る時間ですね。私はこれで」
「丈、ありがとう、本当にありがとう」
「兄さんの前向きな力に寄り添ったまでです」

 明日には、とうとう退院するのか。こんな風に月影寺の外で過ごす時間は、暫くないだろう。そう思うと名残惜しくもなるが、やはり僕には月影寺が合っているようだ。

 流、丈、洋くん。
 僕の弟たちの元へ戻ろう。
 僕の居場所へ帰ろう。

 明日――明日からまた新しい人生が始まる!
 
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