重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,369 / 1,657
14章

身も心も 28

しおりを挟む
「回診です」
「……」
「あら? 返事がないわ。中に入りますよ」

 看護師がドアを開こうとしたので、慌てて扉を制した。

「おっと、ちょっと待ってくれ」
「あら、張矢先生?」
「……」
「どうかされましたか」
「いや、この部屋は……最後に私が回るから、今は飛ばそう」
「あぁ、ここは先生のお兄様の病室でしたね」
「……うむ。兄は眠っているようだから後で……その、身内贔屓ですまない」
「先生がそんなこと言うの珍しいですね」
「そ、そうか」

 やれやれ……どうして私がここまで?

 だが、大切な兄たちなのだ。

 たとえ禁忌と言われようが、私は兄たちの恋を尊いものだと受け入れている。

 洋と私に辛い過去があるように、兄達にもあるのを知っているからだ。

 今生では、もう悲しい別れはない。

 今生でようやく新しい関係に進めるのだ。

 漸く……強く深く、一歩一歩、確実に未来に歩んでいけるのだ。

 翠兄さんは月影寺を守る住職としての一生を、流兄さんは翠兄さんを補助する副住職としての一生を過ごしていく。そして二人は生涯に亘る愛を誓い合って、ようやく手に入れた安住の地で愛を育んでいくのだ。

 男と男が何も生み出せないとは、言わせない。

 魂の結びつきほど尊いものはないだろう。

 私と洋も同じだから分かるのだ。

 翠兄さんと流兄さん、私と洋。

 二組の魂は深く絡み合い、この世を浄化していく。

 白衣を翻し颯爽と廊下を歩くと、窓ガラスに映った自分の姿に海里先生が重なった。

……

「やぁ、君が丈くんだね」
「はい……海里先生」
「なるほど、君が鍵だったんだな」
「えっ」
「もっと自信を持てよ、丈くん」
「あ、あの……っ」
「君にあとは任せた。きみのお陰で、皆が浄化されていくんだよ。君の存在は偉大だ」

……
 
 束の間の過去の偉人との逢瀬に足を止めると、看護師に怪訝な顔をされた。

「あら? そう言えば白衣を新調されたのですか」
「ふっ、これは願掛けさ」

 医師が願掛けなんて変かもしれないな。
 微笑みで誤魔化そうとすると……ギョッとされた。
 
「珍しいですね。でも、最近噂になっているんですよ」
「ん? 
「張矢先生の人気、鰻登りなんですよ。滅多に拝めなかった笑顔が見られるようになって。痺れるって」

 年配の看護師に真剣に言われて、今度は私がギョッとした。

 そんなこと言われたのは初めてだから。

 兄にも洋にも笑った方がいいと言われ、心がけてはいたが……何とも気恥ずかしい。

「む……無駄口を叩くな。さぁ次の回診に行こう」
「……まぁまぁ照れちゃって」
「……」

   こんな時はどんな風に応じたらいいのか分からない。

 だからムスッとした顔で、足を速めてしまった。

 さてと……そろそろいいか。

 もう一度翠兄さんの病室に向かって歩き出すと、部屋の前に流兄さんが立っていた。

 兄は私に気付かないようで、窓の外を見上げていた。

 春の日差しを浴び、和やかな笑顔を浮かべていた。

 さっき個室内で何が行われていたのか知ろうとは思わないが、幸せそうな兄の顔はいつまでも見ていたいと思ってしまった。

 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...