重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 28

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「回診です」
「……」
「あら? 返事がないわ。中に入りますよ」

 看護師がドアを開こうとしたので、慌てて扉を制した。

「おっと、ちょっと待ってくれ」
「あら、張矢先生?」
「……」
「どうかされましたか」
「いや、この部屋は……最後に私が回るから、今は飛ばそう」
「あぁ、ここは先生のお兄様の病室でしたね」
「……うむ。兄は眠っているようだから後で……その、身内贔屓ですまない」
「先生がそんなこと言うの珍しいですね」
「そ、そうか」

 やれやれ……どうして私がここまで?

 だが、大切な兄たちなのだ。

 たとえ禁忌と言われようが、私は兄たちの恋を尊いものだと受け入れている。

 洋と私に辛い過去があるように、兄達にもあるのを知っているからだ。

 今生では、もう悲しい別れはない。

 今生でようやく新しい関係に進めるのだ。

 漸く……強く深く、一歩一歩、確実に未来に歩んでいけるのだ。

 翠兄さんは月影寺を守る住職としての一生を、流兄さんは翠兄さんを補助する副住職としての一生を過ごしていく。そして二人は生涯に亘る愛を誓い合って、ようやく手に入れた安住の地で愛を育んでいくのだ。

 男と男が何も生み出せないとは、言わせない。

 魂の結びつきほど尊いものはないだろう。

 私と洋も同じだから分かるのだ。

 翠兄さんと流兄さん、私と洋。

 二組の魂は深く絡み合い、この世を浄化していく。

 白衣を翻し颯爽と廊下を歩くと、窓ガラスに映った自分の姿に海里先生が重なった。

……

「やぁ、君が丈くんだね」
「はい……海里先生」
「なるほど、君が鍵だったんだな」
「えっ」
「もっと自信を持てよ、丈くん」
「あ、あの……っ」
「君にあとは任せた。きみのお陰で、皆が浄化されていくんだよ。君の存在は偉大だ」

……
 
 束の間の過去の偉人との逢瀬に足を止めると、看護師に怪訝な顔をされた。

「あら? そう言えば白衣を新調されたのですか」
「ふっ、これは願掛けさ」

 医師が願掛けなんて変かもしれないな。
 微笑みで誤魔化そうとすると……ギョッとされた。
 
「珍しいですね。でも、最近噂になっているんですよ」
「ん? 
「張矢先生の人気、鰻登りなんですよ。滅多に拝めなかった笑顔が見られるようになって。痺れるって」

 年配の看護師に真剣に言われて、今度は私がギョッとした。

 そんなこと言われたのは初めてだから。

 兄にも洋にも笑った方がいいと言われ、心がけてはいたが……何とも気恥ずかしい。

「む……無駄口を叩くな。さぁ次の回診に行こう」
「……まぁまぁ照れちゃって」
「……」

   こんな時はどんな風に応じたらいいのか分からない。

 だからムスッとした顔で、足を速めてしまった。

 さてと……そろそろいいか。

 もう一度翠兄さんの病室に向かって歩き出すと、部屋の前に流兄さんが立っていた。

 兄は私に気付かないようで、窓の外を見上げていた。

 春の日差しを浴び、和やかな笑顔を浮かべていた。

 さっき個室内で何が行われていたのか知ろうとは思わないが、幸せそうな兄の顔はいつまでも見ていたいと思ってしまった。

 
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