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14章
身も心も 26
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目覚めると、視界一面、白い世界だった。
どこまでも清らかな世界に、僕は思わず目を細めた。
昨日手術したばかりの心臓下の傷は、麻酔が切れてきたせいでズキズキと痛むが、傷を植え付けられた時の屈辱、恥辱を思えば……充分耐えられるものだった。
「張矢さん、検温です」
「あ、はい」
「あの、シャワーは明日の夕方から入れますが、よろしければ……私が清拭《せいしき》致しますが」
清拭とは、ケガや病気で介護が必要な状態になり入浴が難しい場合に、蒸しタオルなどで体を拭く行為だ。
「い、いえ……あの蒸しタオルを貸していただければ自分で出来ますので」
「……そうですか。では後でお持ちしますね」
「ありがとうございます。面会時間になったらで大丈夫です。家族に手伝ってもらいますので」
「あぁ弟さんでしたっけ? 兄弟仲が宜しいんですね」
「えぇ、まぁ」
看護師さんは前回の検査入院でお世話になった人なのだろう。
「張矢……翠さんって、あの張矢先生のお兄様なんですよね?」
「えぇ、長兄です」
「少し、似ていますよね」
意外だな。丈と似ていると言われるのは、初めてかもしれない。
僕は目の色素が薄く、明るい瞳で……髪色も明るく、肌は色白で細身だ。
一方、丈と流はどちらかと言えば色黒で黒髪に黒い瞳を持っているし、ガタイもいい。
どうして……僕だけ?
密かに……劣等感や疎外感を抱いたこともあったな。
僕も案外弱い人間のようだ。そのことを忘れていた。
「そうでしょうか、あのどんな所がでしょうか」
「ふふっ、そうですねぇ、ツンと澄ました所と穏やかな眼差しが似ています~ って、きゃぁ♡ 私ってば何を言って?」
「……そこが丈のいいところなんです。ありがとうございます」
「流石お兄様ですね。ドンと構えていらっしゃいます」
「そうかな?」
「すみません……傷が痛むでしょうに、とても晴れやかな表情をされているので、つい」
若い看護師の女性は恐縮していたが、嬉しい言葉だった。
やがて15時になると、流がすっ飛んで来た。
「翠! 寂しくなかったか」
「大丈夫だよ」
「翠、何か食べたいものがあるか」
「ないよ」
「翠、傷は痛むか」
「流、ちょっと……少し落ち着いて」
僕はこんなに元気なのに、流はオロオロしていた。
「悪い……月影寺に兄さんの姿が見えないのって、落ち着かなくてな」
「迷惑かけているね」
「そんなことない。こっちは気にすんな。父さんも母さんも張り切っているよ」
「そうか、良かったよ。そうだ流……頼みたいことがあるんだけど」
流が目をパァッと輝かせる。
お前は幼い頃から変わらないね。
「なんなりと!」
「蒸しタオルを看護師さんにもらって来てくれないか」
「お安いご用さ。そんで何を……あっ」
そのまま流が固まった。
「翠……もしかして俺がシテいいのか」
流が今にも鼻血を出しそうな勢いで、前のめりで聞いてくるので苦笑してしまった。
「その言い方、ここが個室で良かったよ。あぁ、身体を清めたい。手伝っておくれ」
どこまでも清らかな世界に、僕は思わず目を細めた。
昨日手術したばかりの心臓下の傷は、麻酔が切れてきたせいでズキズキと痛むが、傷を植え付けられた時の屈辱、恥辱を思えば……充分耐えられるものだった。
「張矢さん、検温です」
「あ、はい」
「あの、シャワーは明日の夕方から入れますが、よろしければ……私が清拭《せいしき》致しますが」
清拭とは、ケガや病気で介護が必要な状態になり入浴が難しい場合に、蒸しタオルなどで体を拭く行為だ。
「い、いえ……あの蒸しタオルを貸していただければ自分で出来ますので」
「……そうですか。では後でお持ちしますね」
「ありがとうございます。面会時間になったらで大丈夫です。家族に手伝ってもらいますので」
「あぁ弟さんでしたっけ? 兄弟仲が宜しいんですね」
「えぇ、まぁ」
看護師さんは前回の検査入院でお世話になった人なのだろう。
「張矢……翠さんって、あの張矢先生のお兄様なんですよね?」
「えぇ、長兄です」
「少し、似ていますよね」
意外だな。丈と似ていると言われるのは、初めてかもしれない。
僕は目の色素が薄く、明るい瞳で……髪色も明るく、肌は色白で細身だ。
一方、丈と流はどちらかと言えば色黒で黒髪に黒い瞳を持っているし、ガタイもいい。
どうして……僕だけ?
密かに……劣等感や疎外感を抱いたこともあったな。
僕も案外弱い人間のようだ。そのことを忘れていた。
「そうでしょうか、あのどんな所がでしょうか」
「ふふっ、そうですねぇ、ツンと澄ました所と穏やかな眼差しが似ています~ って、きゃぁ♡ 私ってば何を言って?」
「……そこが丈のいいところなんです。ありがとうございます」
「流石お兄様ですね。ドンと構えていらっしゃいます」
「そうかな?」
「すみません……傷が痛むでしょうに、とても晴れやかな表情をされているので、つい」
若い看護師の女性は恐縮していたが、嬉しい言葉だった。
やがて15時になると、流がすっ飛んで来た。
「翠! 寂しくなかったか」
「大丈夫だよ」
「翠、何か食べたいものがあるか」
「ないよ」
「翠、傷は痛むか」
「流、ちょっと……少し落ち着いて」
僕はこんなに元気なのに、流はオロオロしていた。
「悪い……月影寺に兄さんの姿が見えないのって、落ち着かなくてな」
「迷惑かけているね」
「そんなことない。こっちは気にすんな。父さんも母さんも張り切っているよ」
「そうか、良かったよ。そうだ流……頼みたいことがあるんだけど」
流が目をパァッと輝かせる。
お前は幼い頃から変わらないね。
「なんなりと!」
「蒸しタオルを看護師さんにもらって来てくれないか」
「お安いご用さ。そんで何を……あっ」
そのまま流が固まった。
「翠……もしかして俺がシテいいのか」
流が今にも鼻血を出しそうな勢いで、前のめりで聞いてくるので苦笑してしまった。
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