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14章
身も心も 24
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丈とお父さんが似ている?
あぁ……確かに、そうかもしれない。
お父さんの静かな目元、一歩引いた場所から大きく見守ってくれる様子は、俺を大きく優しく包んでくれる丈と同じ雰囲気だ。
父親か……
俺にとって父とは、正直かなり遠い存在だ。良い意味でも悪い意味でも遠くにあって、わざわざ手を伸ばそうとも思わなかった。
交通事故で亡くなった父は記憶がおぼろげだし、その後は……よせ、この和やかな場で思い出すことではない。
人知れず、奥歯をキュッと噛みしめた。
「洋くん、食後に私と一局どうだ?」
「えっ、一局ですか」
その時ひやりと思い出したのは、義父に付き合わされたチェスだった。最初から身分差のある駒、逃れることのできない状態での「チェックメイト」、あの執拗な視線を思い出し、悪寒が走る。
「洋? 大丈夫か。父の一局とは、囲碁のことだが」
「囲碁? ……やったことない」
「そうかそうか。じゃあ私が教えてやろう。息子達は誰も付き合ってくれなくて寂しいんだよ」
「だって、おじいちゃん、イマドキ囲碁なんてやる人、いないよ」
「薙、そんなことないぞ」
囲碁とは、あの白と黒い石のことか。将棋やチェスのように、駒ごとに能力の差があるわけではない、白と黒だけの世界に興味が湧いた。
「俺に教えてください」
「嬉しいね。では早速向こうでやろう」
「丈、行ってきてもいいか」
「もちろん」
全くの初心者の俺に、お父さんが優しく手解きしてくれる。
ニコニコと嬉しそうだ。
ふっくらした愛嬌のある指先で、碁盤に石を置く。
白石も黒石も滑らかな曲線を描く優しい形で、手触りもいいな。
「洋くん、囲碁はいいぞ。石を取られそうになったら、味方が助けに来てくれるからな」
「どういう意味ですか」
「白石をここに置いてご覧。そうすれば取られないよ」」
「なるほど……」
「こうやって繋がって守ってもらうんだよ。これは私の勝手な解釈だが、月影寺の息子たちは、誰かのピンチには皆で連携して助け合い、繋がって喜びも悲しみも分かち合っているようだね」
「あ……そうかもしれません」
「碁石は黒も白も丸く優しく角がない。私はそんな人間が好きだよ」
お父さんの独特な解釈は、聞いていて心地良かった。
あの嫌なチェスの記憶が、優しく静かに塗り替えられていく。
「俺……囲碁が好きになりそうです」
「そうかそうか。嬉しいね。洋くん……月影寺は居心地がいいだろう?」
「はい、とても」
「丈の顔色を見ていれば、分かるよ。君は丈を幸せにしてくれたね。ありがとう」
「そんな……それは俺の台詞です」
お父さんは口元を綻ばせていた。
「洋くんは月影寺の末っ子だな。久しぶりに君に会って……息子たちや薙、そしてお母さんと仲良く交流している様子を見て、本当に良かったと思ったよ。もう何も遠慮することない。私も君の味方だ」
「お父さん……」
「そうだ、そう呼んでおくれ」
「はい!」
俺とお父さんの様子を、丈が柱にもたれて温かく見守ってくれていた。
少し翠さんに似た優しい眼差しが、心地良かった。
その晩、俺は興奮していた。
「丈……俺、もう一員になれたのか」
「とっくに洋は月影寺の末っ子になっていたよ」
「そうか……嬉しいな」
「だが、そろそろ私の恋人に……」
「あ……うん」
俺は自らパジャマを脱いで裸になり、丈が手招きするベッドに潜り込んだ。
オペの後の丈は、雄々しさが増している。
俺はそんな丈に、少し荒っぽく抱かれるのも好きだ。
求めて、もっと――
抱いてくれ、深く。
そんな想いをこめて、丈の胸元に優しく口づけをした。
それから丈の手の甲にもう一度キスを落とし、オペの疲れを労った。
「お疲れだよな。実のお兄さんの手術……緊張しただろう? 俺のお守りは効いたか」
「よく効いた。もっと欲しい」
「ふっ、貪欲だな」
「私は洋に関しては底なし沼のような欲望を持っている」
「あ、あからさまだな」
「抱いていいか」
「もちろんだ」
夜の帳が、今宵も静かに厳かに降りてくる。
俺たちの逢瀬は深い。
ここからだ――
あぁ……確かに、そうかもしれない。
お父さんの静かな目元、一歩引いた場所から大きく見守ってくれる様子は、俺を大きく優しく包んでくれる丈と同じ雰囲気だ。
父親か……
俺にとって父とは、正直かなり遠い存在だ。良い意味でも悪い意味でも遠くにあって、わざわざ手を伸ばそうとも思わなかった。
交通事故で亡くなった父は記憶がおぼろげだし、その後は……よせ、この和やかな場で思い出すことではない。
人知れず、奥歯をキュッと噛みしめた。
「洋くん、食後に私と一局どうだ?」
「えっ、一局ですか」
その時ひやりと思い出したのは、義父に付き合わされたチェスだった。最初から身分差のある駒、逃れることのできない状態での「チェックメイト」、あの執拗な視線を思い出し、悪寒が走る。
「洋? 大丈夫か。父の一局とは、囲碁のことだが」
「囲碁? ……やったことない」
「そうかそうか。じゃあ私が教えてやろう。息子達は誰も付き合ってくれなくて寂しいんだよ」
「だって、おじいちゃん、イマドキ囲碁なんてやる人、いないよ」
「薙、そんなことないぞ」
囲碁とは、あの白と黒い石のことか。将棋やチェスのように、駒ごとに能力の差があるわけではない、白と黒だけの世界に興味が湧いた。
「俺に教えてください」
「嬉しいね。では早速向こうでやろう」
「丈、行ってきてもいいか」
「もちろん」
全くの初心者の俺に、お父さんが優しく手解きしてくれる。
ニコニコと嬉しそうだ。
ふっくらした愛嬌のある指先で、碁盤に石を置く。
白石も黒石も滑らかな曲線を描く優しい形で、手触りもいいな。
「洋くん、囲碁はいいぞ。石を取られそうになったら、味方が助けに来てくれるからな」
「どういう意味ですか」
「白石をここに置いてご覧。そうすれば取られないよ」」
「なるほど……」
「こうやって繋がって守ってもらうんだよ。これは私の勝手な解釈だが、月影寺の息子たちは、誰かのピンチには皆で連携して助け合い、繋がって喜びも悲しみも分かち合っているようだね」
「あ……そうかもしれません」
「碁石は黒も白も丸く優しく角がない。私はそんな人間が好きだよ」
お父さんの独特な解釈は、聞いていて心地良かった。
あの嫌なチェスの記憶が、優しく静かに塗り替えられていく。
「俺……囲碁が好きになりそうです」
「そうかそうか。嬉しいね。洋くん……月影寺は居心地がいいだろう?」
「はい、とても」
「丈の顔色を見ていれば、分かるよ。君は丈を幸せにしてくれたね。ありがとう」
「そんな……それは俺の台詞です」
お父さんは口元を綻ばせていた。
「洋くんは月影寺の末っ子だな。久しぶりに君に会って……息子たちや薙、そしてお母さんと仲良く交流している様子を見て、本当に良かったと思ったよ。もう何も遠慮することない。私も君の味方だ」
「お父さん……」
「そうだ、そう呼んでおくれ」
「はい!」
俺とお父さんの様子を、丈が柱にもたれて温かく見守ってくれていた。
少し翠さんに似た優しい眼差しが、心地良かった。
その晩、俺は興奮していた。
「丈……俺、もう一員になれたのか」
「とっくに洋は月影寺の末っ子になっていたよ」
「そうか……嬉しいな」
「だが、そろそろ私の恋人に……」
「あ……うん」
俺は自らパジャマを脱いで裸になり、丈が手招きするベッドに潜り込んだ。
オペの後の丈は、雄々しさが増している。
俺はそんな丈に、少し荒っぽく抱かれるのも好きだ。
求めて、もっと――
抱いてくれ、深く。
そんな想いをこめて、丈の胸元に優しく口づけをした。
それから丈の手の甲にもう一度キスを落とし、オペの疲れを労った。
「お疲れだよな。実のお兄さんの手術……緊張しただろう? 俺のお守りは効いたか」
「よく効いた。もっと欲しい」
「ふっ、貪欲だな」
「私は洋に関しては底なし沼のような欲望を持っている」
「あ、あからさまだな」
「抱いていいか」
「もちろんだ」
夜の帳が、今宵も静かに厳かに降りてくる。
俺たちの逢瀬は深い。
ここからだ――
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