重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 21

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 翠兄さんの手術が終わった時点で、すぐに洋に電話をした。

 洋が手術の成功を自分のことのように喜んでくれたので、緊張感と疲れが一気に和らいだ。

 こんな日は男なら、精力的に愛する者を抱きたくなる。

 そんな逸る気持ちで帰り支度をしていると、洋からメールが届いていたのに気が付いた。

「……珍しいな」

 寂しくてもじっと耐えることに慣れている洋は、日中は私の仕事を気遣ってなかなか連絡をくれない。私の方は、いつでも両手を広げて待っているのに。

 嬉しい気持ちで確認すると……

「なんだ? これは」

 一枚目は母だった。

 もう六十代なのに少女のようにピースなんてして、嬉しそうに写っている。

 二枚目は洋だった。

 いつになくはにかんだような優しい笑顔を浮かべている。

 そうか、ふたりで写真を撮り合ったのか。

 微笑ましいな。

 三枚目はツーショットだった。

 二人が頬がくっつくほど近づいて、一枚の写真に収まっている。

「洋は……洋は……もう……すっかり母の息子だな」

 月影寺に連れてきて良かった。

 ソウルから帰国する時、どこに行こうか……実は散々迷ったのだ。

 私達を誰も知らない北の国で過ごそうか。それとも南の国にしようか。

 洋と私、当時は……それで世界は完結していたから、洋以外の人なんて不要だと思っていた。洋には私だけがいればいい。洋は私なしでは生きられないのだから、私が洋のすべてを包み込む。そう……意気込んでいたのだ。

 今思えば、かなり重い愛だったな。

 今でも充分重いという自覚があるが、私も洋もこの数年で大きく変化した。

 人と交流することに喜びを見い出し、家族という温もりを知った。

 最愛の人と幸せを分け合う喜びも学んだ。

 思い返せば、あの日が分かれ道だった。

 帰国先に迷い、最後に頼ったのは、実の兄……翠兄さんだった。

『もしもし……』
『丈、丈なのか! 今どこにいるんだ?』
『……事情があって遠くに来ています』
『心配したよ。ずっと行方知れずになって……』

 寺の副住職を勤めている兄の声に、嘘偽りはない。

 ただただ、何所までも慈悲深い声で……

『丈、もう帰っておいで』
『それが……私……ひとりじゃないんです。連れがいて』
『大歓迎だよ。丈が一人きりでなくて良かった』

 兄は深いことは聞かずに、ただただ何度も『帰っておいで』と繰り返してくれた。

 寄せては返す波のように、私は兄の誘いに身を委ねた。

 最愛の人、洋と共に戻ろう。

 私の故郷、私の家に……私の家族の元に。

 今一度写真を見返した。

 私の母と心から嬉しそうに写真に収まる洋を見て、あの日の決断は間違えていなかったと確信した。

 さぁ戻ろう。

 私の洋の元へ。
 私の家族の元へ。

 愛とは……何も恋愛だけではないのだな。

 家族愛、兄弟愛……

 どんな形でも、人と人とが心を砕いて関わることによって生じる愛が、大切なのだ。

 

 
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