重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 20

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 古い木箱を開ける度に、新鮮な気持ちになっていた。

 俺の丈だが、俺の知らない丈に会えるから。

 俺と出会う前の丈のこと……もっともっと知りたいよ。

「ふふっ、洋くん、これも見て」
「はい」
「丈が三歳の頃かしら、かなりレアよ」
「あっ」
 
 幼い丈が、悔しそうにポロポロと泣いている。
 
 意志の強そうな目に、涙を浮かべて。

 その横に丈を守るように立っているのが翠さんで、反対側には流さんもいる。翠さんも流さんもまだ小さいのに、今の雰囲気のままだ。

「これはね、丈がオネショしちゃって、悔しがっているところよ」
「丈がオネショ?」

 全く想像できないな。

「そうよ。子供なら誰でもするでしょう」
「……記憶にないですが」
「……そうなのね。もしかして記憶から消しちゃったの?」
「そうかもしれません」

 古びたカラー写真の中で、翠さんが優しい眼差しで丈の涙を拭い、流さんはわざと、おどけた表情で励ましているようだった。

 丈だって、ちゃんとお兄さんたちから愛されていたんだよ。

 そう伝えたくなるハートフルな写真だった。

「いい写真ですね」
「ありがとう。三者三様、性格は違えども根っこは同じだって、この時思ったのよ。その写真、あなたにあげるわ」
「いいんですか」
「洋くんから、丈に見せてあげて」
「はい!」

 どんな宝石よりも力強く輝くのが、楽しく優しい思い出だ。

「洋くんの小さい時の写真も見たいわ」
「俺のは残念ですが……ないと思います。小さい頃のものは処分されてしまったので」

 義父と再婚した時、過去を匂わすものは殆ど処分させられた。だから……こういう何気ない日常を写した写真はなかった。

「そんなことないわ。お母様、きっとどこかに隠したはずよ。探したことはないの?」
「そういえば実家の母の部屋のクローゼットからトランクを見つけ……そこから母の手紙や祖母の手掛かりを……」
「じゃあ、きっとその付近にあるわよ」
「そうでしょうか」
「母親ならどうしたって捨てられないわ。我が子の成長の大切な記録ですもの」

 そういえばあれ以来、俺の実家には足を運んでいない。

「翠さんのことが落ち着いたら、安志のおばさんにも挨拶したいので、一度行ってきます」
「そうね、もし見つかったら見せてね。そうだわ、洋くんスマホを持っている?」
「はい?」

 ポケットから取り出すと、お母さんが写真を撮るジェスチャーをした。

「それで私を撮って」
「あ、はい!」

 胸が高鳴った。
 お母さんを撮影するなんて……経験がないのでドキドキしてしまう。

「撮りますね」

 カシャ――

 小気味よい音が、縁側の日向に響く。

「ありがとう」
「次は洋くんを撮ってあげるわ」
「あ、はい……」

 ずっと写真を撮られるのは、大の苦手だった。

 いつも勝手に悪意に満ちた目で撮られたから。

 しかし今は違う。 
 
 懐かしい……母の愛に満ちた眼差しを浴びている。

 カシャ――

 それは、とても、とても優しい音色だった。

「最後は二人のツーショットよ、丈が妬くかしら、ふふふ」
「え……」
「ほらほら、もっとくっつかないと入らないわよ」
「あ、はい」
「もう、はみ出ちゃ駄目よ」

 俺とお母さんは顔を近づけて、写真に収まった。

「見せて」
「はい」
「綺麗に写ってるわね、お兄さんたちに送ってあげて、きっと安心するわ」

 お母さんはすごい。

 俺を三兄弟の輪の中へ、自然に入れてくれる。



****

 手術後の翠は、ベッドで眠ったり起きたりを繰り返している。
  
 もう呼吸は落ち着き、顔色も良い。

 夕焼け空を病室の窓から眺めていると、スマホに着信があった。

「洋くんから? 珍しいな」

 写真が添付されていたので開くと、洋くんの横に母がちゃっかり写っていた。

「おいおい、ピースなんてして……母さんは何をやってんだ? くくっ、洋くんは嬉しそうな顔をしているな」

 メッセージも添えられていた。

 ……
 翠さんの手術成功良かったです。
 今日は月影寺のことは、俺に任せて下さい。
 お母さんと過ごしていますので、どうかギリギリまで、傍にいてあげて下さい。
 …… 

 洋くん……君は頼もしくなった。

 頼りにしているぞ。



 あの日、丈が連れてきた儚くか弱い青年は、月影寺で息を吹き返した。

 彼は月日を経て……月影寺にしっかり根付き、俺たち兄弟の頼もしい末っ子になってくれた。

 もっと彼と話してみたい。
 もっと打ち解けて行こう。
 まだまだこれからだ。
 生まれ変わった翠を連れて帰るから、待っていてくれよ。

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