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14章
身も心も 19
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そろそろ手術が終わる時間か。
翠さんの手術当日、俺は朝から月影寺の離れで仕事をしていた。
集中が途切れやすく何度も翻訳ミスを繰り返してしまうので、一旦筆を置いて深呼吸した。
どうか、無事に成功しますように。
外科手術だが、やはり手術には危険がつきものだ。全身麻酔だって俺はしたことがないので、想像するだけで大変そうだ。
それにしても由比ヶ浜の洋館で改めて見せて貰った翠さんの傷は、本当に惨いものだった。
微妙に位置を変え、執拗につけられた酷い傷と二十年近く向き合ってきた翠さんの忍耐力はすごい。
同時に、もういよいよ限界だったのだ。
優美で楚々とした翠さん。
どうか丈の手によって、再び滑らかな皮膚を取り戻せますように。
少し不安に、少し寒くなったので、ベッドに置いておいた丈のジャージを羽織ってみた。
途端に丈の匂いに包まれる――
そのまま机の上で手を組んで祈っていると、電話が鳴った。
待っていた電話だ。
「丈! 終わったのか」
「あぁ成功したよ。綺麗に移植出来たから安心しろ。あとは兄さんの治したいという気持ちと治癒力にかかっている」
「それなら大丈夫だ。今の翠さんの気持ちは豊かに満ちている」
「そうだな。洋……ひとりで寂しくないか」
「ふっ、丈のジャージ、暖かいな」
「洋……そう煽るな。おっと呼ばれた。またな」
「あぁ、仕事頑張って」
電話を切ると、また電話が鳴った。
丈が言い忘れたことでもあったのかと急いで出ると、お母さんからだった。
「洋くん、今、時間ある?」
「はい、大丈夫ですが」
「良かったわ。少し母屋を手伝ってくれないかしら?」
「はい!」
嬉しい誘いだった。
お母さんもまた緊張しているのだろう。
母屋に着くと、嬉しそうに俺を迎えてくれた。
「さっき流から電話をもらったわ。翠の手術成功したって……良かったわ」
「はい。俺も丈からもらいました」
お母さんは掃除の途中のようで、白い割烹着にマスクをしていた。
「あのね、押し入れの天袋から木箱を全部降ろして欲しいの」
「いいですよ」
「気をつけてね」
「はい」
脚立に上がり手を伸ばすと、それなりに重たい木箱だったが難なく降ろせた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、やっぱり男手があると助かるわね」
男手……!
お母さんの言葉は、いつも素敵だ。
俺に居場所と自信をくれる。
「何が入っているんですか」
「整理していない写真の山よ。ねぇ、縁側まで運んでもらえるかしら?」
「喜んで」
「洋くんが家にいてくれると、助かるわね」
「そうでしょうか」
「そうよ」
縁側まで木箱を全て運ぶと、お母さんにまた呼び止められた。
「洋くんも一緒に見ましょうよ」
「いいんですか」
「もちろんよ、あなたも一員でしょ。私の四番目の息子よね?」
「あ……はい」
ほら、また嬉しい言葉を贈ってくれる。
言葉は贈りものだ。
そう思うと、ひと言ひと言が大切に愛おしくなるよ。
その後は和やかな時間だった。
俺が生涯愛し抜く男の、ここまでの人生を辿る旅のようだった。
「あ……これ、丈ですか。丈が赤ちゃんの時?」
「ふふふ、産まれながらに、不遜な丈って感じでしょ」
「はい!」
「こっちも見て」
「わ……裸ん坊だ」
まだ一歳の丈が、裸ん坊でムスッと立っている。
「なんだか……可愛い」
「ふふふ、泣かない子で、おむつを替えるタイミングが分からなくて大変だったの。で、お尻がかぶれて真っ赤に」
「くくっ、それで裸ん坊に?」
「そう、これはお薬を塗っているところだったかしら」
見たことも聞いたこともないエピソードばかり飛び出して、俺は腹を抱えて何度も笑ってしまった。
平和だ。
のどかだ。
こんな日常が愛おしいよ。
翠さんの手術当日、俺は朝から月影寺の離れで仕事をしていた。
集中が途切れやすく何度も翻訳ミスを繰り返してしまうので、一旦筆を置いて深呼吸した。
どうか、無事に成功しますように。
外科手術だが、やはり手術には危険がつきものだ。全身麻酔だって俺はしたことがないので、想像するだけで大変そうだ。
それにしても由比ヶ浜の洋館で改めて見せて貰った翠さんの傷は、本当に惨いものだった。
微妙に位置を変え、執拗につけられた酷い傷と二十年近く向き合ってきた翠さんの忍耐力はすごい。
同時に、もういよいよ限界だったのだ。
優美で楚々とした翠さん。
どうか丈の手によって、再び滑らかな皮膚を取り戻せますように。
少し不安に、少し寒くなったので、ベッドに置いておいた丈のジャージを羽織ってみた。
途端に丈の匂いに包まれる――
そのまま机の上で手を組んで祈っていると、電話が鳴った。
待っていた電話だ。
「丈! 終わったのか」
「あぁ成功したよ。綺麗に移植出来たから安心しろ。あとは兄さんの治したいという気持ちと治癒力にかかっている」
「それなら大丈夫だ。今の翠さんの気持ちは豊かに満ちている」
「そうだな。洋……ひとりで寂しくないか」
「ふっ、丈のジャージ、暖かいな」
「洋……そう煽るな。おっと呼ばれた。またな」
「あぁ、仕事頑張って」
電話を切ると、また電話が鳴った。
丈が言い忘れたことでもあったのかと急いで出ると、お母さんからだった。
「洋くん、今、時間ある?」
「はい、大丈夫ですが」
「良かったわ。少し母屋を手伝ってくれないかしら?」
「はい!」
嬉しい誘いだった。
お母さんもまた緊張しているのだろう。
母屋に着くと、嬉しそうに俺を迎えてくれた。
「さっき流から電話をもらったわ。翠の手術成功したって……良かったわ」
「はい。俺も丈からもらいました」
お母さんは掃除の途中のようで、白い割烹着にマスクをしていた。
「あのね、押し入れの天袋から木箱を全部降ろして欲しいの」
「いいですよ」
「気をつけてね」
「はい」
脚立に上がり手を伸ばすと、それなりに重たい木箱だったが難なく降ろせた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、やっぱり男手があると助かるわね」
男手……!
お母さんの言葉は、いつも素敵だ。
俺に居場所と自信をくれる。
「何が入っているんですか」
「整理していない写真の山よ。ねぇ、縁側まで運んでもらえるかしら?」
「喜んで」
「洋くんが家にいてくれると、助かるわね」
「そうでしょうか」
「そうよ」
縁側まで木箱を全て運ぶと、お母さんにまた呼び止められた。
「洋くんも一緒に見ましょうよ」
「いいんですか」
「もちろんよ、あなたも一員でしょ。私の四番目の息子よね?」
「あ……はい」
ほら、また嬉しい言葉を贈ってくれる。
言葉は贈りものだ。
そう思うと、ひと言ひと言が大切に愛おしくなるよ。
その後は和やかな時間だった。
俺が生涯愛し抜く男の、ここまでの人生を辿る旅のようだった。
「あ……これ、丈ですか。丈が赤ちゃんの時?」
「ふふふ、産まれながらに、不遜な丈って感じでしょ」
「はい!」
「こっちも見て」
「わ……裸ん坊だ」
まだ一歳の丈が、裸ん坊でムスッと立っている。
「なんだか……可愛い」
「ふふふ、泣かない子で、おむつを替えるタイミングが分からなくて大変だったの。で、お尻がかぶれて真っ赤に」
「くくっ、それで裸ん坊に?」
「そう、これはお薬を塗っているところだったかしら」
見たことも聞いたこともないエピソードばかり飛び出して、俺は腹を抱えて何度も笑ってしまった。
平和だ。
のどかだ。
こんな日常が愛おしいよ。
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