重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 16

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 その晩、パジャマの上に羽織っていたジャージと一緒に眠った。

 一人は怖い、流がいないのは寂しいのが本音だ。

 そんな寂しさを抱きしめたジャージから漂う流の気配が埋めてくれるようで、慣れない病院のベッドで気が付いたら眠っていた。

 そして朝、手術着に着替えて座禅を組んでいると、白衣の男性の気配がした。

 一瞬、海里先生が入ってきたのかと思った。

「海里先生……?」
「翠兄さん、おはようございます」
「あ、丈か。ごめん」
「いえ、この白衣は海里先生のものです」
「やはり……かつて、よく見ていたから覚えているんだ。胸元の白薔薇の刺繍が綺麗で」
「私が引き継ぎました。先生の遺志ごと……」
「嬉しいよ。僕の弟は本当に頼もしいよ」

 丈自ら、僕の血圧や体温を測ってメモしてくれる。

 その様子を見つめていると、幸せな気持ちになってきた。

「丈、ありがとう。いよいよ今日だね」
「はい、緊張しています」

 いつもなら絶対に弱音を吐かない丈が、僕に本音を見せてくれたことに感激した。

「丈……大丈夫だ。丈の腕は、洋くんのお墨付きだろう」
「……はい、その……洋も出掛けに何度も励ましてくれました」

 丈が照れ臭そうに答える様子が、なんだか可愛く見えてしまうよ。

「丈は努力家だ」
「……知っていたんですね。私は天才肌ではないんです。努力してここまで来ました」
「僕もだよ。僕たちは似ているんだよ、丈は紛れもなく僕の弟だ」
「兄さん……頑張りましょう。今日は」
「うん、一緒に頑張ろう!」

 そして今……手術台に向かって歩いている。

 肩を並べて歩く流が、心配そうに呟いた。

「兄さん、大丈夫か」
「大丈夫だよ。そんな大手術でもないし……流、綺麗に消してくるよ」
「あぁ、応援している」

 あの日植え付けられた悪意が……僕の身体をこれ以上侵食する前に、僕の意志で取り外すのだ。

 これでもうお別れだ。

 そう思うと、清々しい気持ちになっていた。

 仮に今後万が一、克哉とすれ違っても、この傷がなければ、僕は凜としていられる。

 僕が僕を取り戻すために、自分から望んだことだ。

 頑張れ、翠。

 自分を鼓舞し、手術台に横になった。

 やがて丈がやってきたので、アイコンタクトを取った。

「では、手術を始めますよ」
「よろしくお願いします」

 僕は目を瞑り、眠りに落ちていった。

 目覚めるのを楽しみにしている。

 きっと何もかも生まれ変わった気分だろう。

 あの日アイツから逃れるために、見えない目で走り抜けたボロボロの僕はもういない。
 
  僕には辿り着く場所がある。

 今日まで流と過ごした日々が愛おしい。

 そして目覚めた瞬間から、これから過ごす日々が愛おしくなる。

 待っていて。

 僕の帰りを待っていておくれ。
 
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