重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 13

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 朝、翠さんを見送ってから、なんとなく落ち着かない気分だった。

 翠さんがいないせいか、月影寺にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。

「丈の奴……今日に限って……随分遅いな」

 時計を見るともう21時近くなっていた。夕食に何か作ろうと思ったが気乗りせず、夕方からベッドに横になっていた。

 気怠いな。

 丈のいない離れに、いつになく寂しさが募る夜だった。

 丈と由比ヶ浜の診療所で、早く一緒に働きたいよ。

 今頃……大船の病院で兄弟三人、集まっているのか。
 
 俺は末っ子のように可愛がってもらってはいるが、所詮血のつながりはないから、蚊帳の外の気分だよ。

 兄弟っていいよな、本当に憧れるよ。

 あぁ、もうっ―― 俺はこういう所が、何も進歩していないと思う。

 不貞寝に近い状態で、布団を頭まで被って目を閉じた。

 もう眠ってしまおう。

 寝れば、こんなモヤモヤとした気持ち、全部忘れられる。

 洋……お前はこんな寂しさ、慣れっこだったじゃないか。

 母さんが亡くなってから、ずっとひとりだっただろう?

 一人の方がましだと思っていたくせに!

 丈……まだか。

 俺……悪い夢を見そうで、怖いんだ。

 こんな時は、こんな日は。

「丈っ!」

 我慢出来ずに声を上げてしまった。

 そのタイミングで部屋の明かりが灯った。

「洋? どうした?」

 丈の声が聞こえた途端、耐えていた涙が、ほろりとこぼれ落ちてしまった。

「うっ、う……」
「洋? どうして泣いて?」
「それは……丈が遅いからだ!」

 丈がベッドに腰掛けて、俺の背中を布団の上から優しく撫でてくれた。今すぐ抱きつきたいのに、意地っ張りな俺にはそれが出来ない。すると丈がふわりと布団ごと持ち上げて抱きしめてくれた。

「洋……洋も月影寺の一員だ。さぁ一緒に母屋に行こう」
「俺も行ってもいいのか」
「当たり前だ」
「丈っ、嬉しいよ」

 こんな時は、幼子のように布団から這い出て抱きついてしまう。

「丈! ありがとう」
「ふっ、洋は急に子供みたいに甘えるんだな」
「うっ五月蠅いな」
「いや、可愛いよ。私は洋の全てになりたいから、いろんなカタチで愛してくれ」
「そういう所、丈らしいな。急に元気が出てきたよ」
「良かったよ。さぁ行こう」

 丈がいつになく明るい笑顔で、白い歯を見せて大きく笑ったので、驚いた。

「えっ!」
「どうした?」
「そんな笑顔……見たことがないから」
「洋に見せたかった」
「ん……悪くないな。丈の明るい笑顔」
「惚れ直したか」
「いつも惚れているよ」


 ****

「洋くん、待っていたのよ~」

 母屋に上がった途端、丈のお母さんに手を引っ張られた。

「こ、今度は何です?」
 
 だってお母さんには前科がありすぎるから、警戒心でいっぱいになるよ。

「見つけたのよ、頼まれ物」
「は? 俺は何も頼んでないですが」
「あぁ、そうそう丈からの頼まれ物よ。あの子は寮生活だったから、当時の荷物は納戸の奥に押し込んでしまっていたから、探すの大変だったのよ」
「えっと……話が見えないのですが」
「だから、これよ! これ!」
 
 お母さんが箪笥から意気揚々と取り出したのは!


 えっと、それって体操着?

 どうして今更……ジャージ?

 それって、誰の?

「母さん、よくぞ見つけてくれました」

 隣で丈がニッと微笑んでいた。

 先程とは打って変わって、とても怪しい笑みだった。
  
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