重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 10

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「洋くん、さっき惚気ていたよな」
「くすっ、うん……無意識にね。本当に可愛い子だよ」

 見送ってくれる洋くんをもう一度振り返り、僕は微笑んだ。

 入院の朝……もっと緊張するかと思ったが、意外なほど心は落ち着いていた。

 そのまま二人で山門を潜り、石段を降りた。

「翠、気をつけろよ。そこ転びやすいから」
「ん……ありがとう」

 そのまま左手にある駐車場へと向かった。

「流……昨夜はありがとう」
「ん? 俺が何かしたか」
「一晩……薙と過ごせて嬉しかった。あの子ね……とても素直に甘えてくれるようになったんだ」
「そうか……それはきっと翠が素直になったからさ」
「素直になると心の襞が広がるみたいだね」
「あぁ、そうなると、相手の気持ちを吸収しやすくなるし、相手も甘えやすくなるからな一石二鳥だ」
「ん……流、ありがとう」

 優しい気遣いをしてくれた流の手に、そっと自分の手を重ねた。

「良かったよ、入院の朝……翠の穏やかな表情を見られて」
「僕は……入院中……きっとお前が恋しくなるよ」
「す、翠、それは反則だ。欲しくなる、触れたくなる」

 僕もだ、僕も……同じ気持ちだよ。

 僕たちの車は、まだ駐車場内に停まったままだ。

 ここは寺内の駐車場なので、誰も中に入れない。木立に囲まれた死角になっている。

 だから……僕はシートベルトを一旦外し、流へと身を乗り出した。

 顔をすっと近づけて無言でそっと唇を重ねると、流はポンっと音を立てるように頬を染めた。

「す……翠‼」
「流? そんなに驚かなくても……朝の挨拶がまだだったから……しただけだ」
「可愛いことを」
「流、僕ね……もう前だけを向いて歩きたいんだ……流と一緒に。だからこの胸につけられた見える過去はもう見たくない。消したいんだ。どうか分かっておくれ」

 流が優しく僕を抱きしめてくれる。

「それなら痛い程分かっているさ……翠の気持ち。もう見える傷は捨てよう……なっ」
「んっ」

 流が甘やかしてくれると、僕も素直に甘えたくなる。

 流の広い胸にもたれて、スンと匂いを嗅いだ。

 男らしい流の匂いに混ざるのは、朝から庫裡《くり》で、薙の弁当や皆の朝食を作ったせいか、甘い卵焼きの匂いだった。

「……美味しそうだね」

 思わず漏らした言葉に、流が盛大な誤解をしたようだ。

「美味しそう? へぇ、嬉しいな。朝から積極的に誘ってくるんだな。それにしても……美味しそうなのは翠の方だ」

 首筋を舌で撫でられ、「あっ……んっ」と変な声が漏れてしまった。

「可愛い声だ……なぁ、もう少し啼いてくれよ」
「ああぁ……駄目だ。これ以上は……」

 朝の木漏れ日が降り注ぐ中、僕たちは舌を絡ませる濃厚なキスをした。

「翠……翠、俺の翠……」
「流……僕の流」

 互いの名を、何度も何度も呼び合った。

 風が吹く度に、石段を覆うように咲いていた八重桜の花弁が、フロントガラスに積もっていく。

「はぁ……あっ……んっ、もう駄目だ」
「悪い、止まらなくなりそうだ」
「もう時間だ……これ以上は、今は」
「分かっているさ、今はここまでだ」

 ドキドキと高鳴る胸を押さえながらシートベルトを締めると、車が静かに動き出した。

 さぁ行こう!

 丈の待つ病院へ――

****

「丈先生、朝からご機嫌ですね」
「そうか」
「さっきから手を何度も見つめて、どうされたんですか」
「あぁ……ちょっとな」

 昨日、洋が手の甲に何度も何度も口づけしてくれた。

 石段の下で、風呂の中で……ベッドの中で。

 おまじないをかけるように熱心に施されたキスによって、私の心と身体は満たされていた。だから重石のようにのし掛っていた緊張感は、すっかり和らいでいた。

 海里先生の遺言のような紹介状とカルテを、もう一度確認し、深呼吸をした。

「大丈夫だ。きっと上手くいく」

 兄は生まれ変わる。

 私の手によって――



 
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