重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 7

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「翠、まだ起きていたのか」
「溜まっていた仕事を片付けようと思って」
「そんなのやっておくから、こっちに来い」

 入院前夜、自室で檀家さんからの手紙に目を通していると、流が呼びに来た。

 どこへ連れて行かれるのかと思ったら、薙の部屋の方向だったので、廊下の途中で立ち止まった。

「流、ちょっと待って」
「あいつは言葉や顔には出さないが……父親のことを密かに心配しているんだよ。だから今日は傍にいてやれ」
「流……」

 恥ずかしい。僕は自分のことばかり考えて、息子の気持ちを思い遣れなかった。

「おい、そんな顔すんな。翠はいい父親だ。大丈夫だ」
「流は……それでいいのか」
「昨日まで翠を夜な夜な独占してしまった。俺も薙の気持ちを蔑ろにしてしまったんだ。だから同罪だ」
「そんな……それは僕も同じだ」
「さぁ行ってこい」

 トンっと背中を押されて、僕は父親の顔になった。
 
 トントン――

「誰?」
「薙、入ってもいい?」
「父さん?」

 薙はもうパジャマ姿で、机に向かっていた。

 顔だけこちらを見つめ、少し怪訝な表情になった。

「どうしたんだよ? 明日から入院なのに、早く寝なくていいのか」
「少し薙の顔を見たくなってね。あ……宿題をやっていたの?」
「そうだ、ちょうどよかった。ここ、教えて欲しいんだ」
「古文か、いいよ」
「やった!」

 久しぶりに薙の隣に座った。

 机に向かう薙の頭を見つめ、ふと幼い頃を思いだした。

 頭の形……変わっていないな。

 赤ん坊の頃、僕が抱っこすると泣き止んで、すやすやと眠ってくれたね。

 抱き方は流仕込みだったから、気持ち良かったのかな?

 そんな薙が三歳の頃、一緒にお風呂に入ったら、僕の胸の傷痕を見て泣いたんだ。

『パパぁ……どった? いたい?」
『ごめんね。もう……大丈夫だよ。もうとっくに治っているんだ』
『でもぉ……まだ、いたそうだよ。そうだ……いたいのいたいの、とんでけー』

 そう言って、おそるおそる傷痕に触れてくれたのが、嬉しかったよ。

 あの時、しみじみと僕の血を受け継いだ優しい息子がいることに、感謝した。

 だから離婚で離れ離れになるのは、辛かった。

 そんな薙が……今は僕のすぐ横にいる。

 こんなに嬉しいことはないよ。

 そっと手を伸ばし、頭を撫でてやった。

「びっくりした! 父さん……何?」
「いや、暫く入院するから……息子に触れたくなったんだ」

 正直に話すと、薙は気の抜けたような顔になった。

「薙、父さんの入院中、いい子にしているんだよ」
「父さん! 俺、もう15歳!」
「年なんて関係ないよ。いくつになっても……薙は僕の大切な息子だよ」
「もうっ父さん……なぁ……ちゃんとここに戻って来てくれよ。何かあったら許さないからな!」
「あぁ、ここの傷痕を消して、前に進みたくなったんだ」

 傷つけられた理由は話していなが、薙も察しているのか……悔しそうな顔で、いきなり僕に抱きついてきたので驚いた。

「父さん、応援している……だから頑張って!」
「ん……ありがとう」

 息子からのエールが嬉しくて、心の温度がじわりと上昇した。

「あのさ……今日だけ……父さんの部屋で寝たいんだけど」
「あぁ、そうしよう」

 
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