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14章
身も心も 6
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明日、翠兄さんが入院する。
そして明後日には、私の手で施術する。
身内の身体に直接メスを入れるのは初めてなので、珍しく緊張している。
相手は大切な兄なのだ。
清らかな兄の身体に、無事に皮膚移植してやれるのか。
何事も100%はないので、不安になる。
こんな時、海里先生に思いを馳せてしまう。
「海里先生も今の私と同じ気持ちでしたか……」
彼は残されたカルテや手術記録からも、かなりの腕前の外科医だったはずだ。それでもパートナーの実弟の心臓手術や、桂人さんの身体の傷の手術は別物だったろう。彼だって人間だ。かなりのプレッシャーを抱いて向き合ったに違いない。それでも、治してやりたいという強い信念を貫いたのだ。
私も頑張ろう。だが私に本当に務まるのだろうか、そんな大役。
「私は揺らいでいます……」
人に言えない押し潰されそうな思いを抱いて、帰宅した。
「こんな顔をしていたら、皆に心配をかけてしまうな」
気を引き締め深呼吸してから、山門に続く石段を踏み締めると頭上から声がした。
「丈、お帰り!」
「洋? 一体どうした?」
「ん……会いたくなって……ここで待っていた」
「可愛いことを」
今は八重桜の花弁が舞う山門の石段を、洋が軽やかに駆け降りてくる。
まるで私を抱きしめる天使のように。
だから私は荷物を置いて、手を広げ、彼を抱き留めた。
もう日も暮れて、人目を憚る必要はない。
「お帰り、丈!」
「ただいま、洋」
花の精のように清らかな洋を抱きしめると、ほのかに桜の香りが漂い、刺々しくなっていた心が落ち着いた。
「洋がこの世にいてくれる、それだけで困難も乗り越えられそうだ」
「やっぱり……実は……丈が緊張していると思って」
「全部お見通しか」
「あぁ、俺には隠すなよ」
ずっと庇護の対象だった洋が、今は私を守ってくれる。
彼は日々成長している。
努力しているのだ。
私も頑張ろう!
「洋の存在が心強いよ」
「俺は丈がいるから、変わりたくなる。もっともっと……丈に相応しい人になりたいんだ」
「ありがとう」
ここに……私を認め、私を一途に愛し求めてくれる人がいる。
それが生きる原動力になる。
「それにさ……丈の手はゴッドハンドだから、手術は無事に成功するよ。俺を信じて」
洋は微笑みながら私の手を取り、手の甲にチュッと甘いキスをしてくれた。
すると一陣の風が吹き抜け、八重桜の花弁が……雪のように静かに降り注いで来た。
季節も……私たちの存在を祝福してくれるようだ。
「幸せだな」
「あぁ、とても」
私は大丈夫。
こんなにも……心と身体が満たされている。
自分を信じて、洋を信じて。
そして明後日には、私の手で施術する。
身内の身体に直接メスを入れるのは初めてなので、珍しく緊張している。
相手は大切な兄なのだ。
清らかな兄の身体に、無事に皮膚移植してやれるのか。
何事も100%はないので、不安になる。
こんな時、海里先生に思いを馳せてしまう。
「海里先生も今の私と同じ気持ちでしたか……」
彼は残されたカルテや手術記録からも、かなりの腕前の外科医だったはずだ。それでもパートナーの実弟の心臓手術や、桂人さんの身体の傷の手術は別物だったろう。彼だって人間だ。かなりのプレッシャーを抱いて向き合ったに違いない。それでも、治してやりたいという強い信念を貫いたのだ。
私も頑張ろう。だが私に本当に務まるのだろうか、そんな大役。
「私は揺らいでいます……」
人に言えない押し潰されそうな思いを抱いて、帰宅した。
「こんな顔をしていたら、皆に心配をかけてしまうな」
気を引き締め深呼吸してから、山門に続く石段を踏み締めると頭上から声がした。
「丈、お帰り!」
「洋? 一体どうした?」
「ん……会いたくなって……ここで待っていた」
「可愛いことを」
今は八重桜の花弁が舞う山門の石段を、洋が軽やかに駆け降りてくる。
まるで私を抱きしめる天使のように。
だから私は荷物を置いて、手を広げ、彼を抱き留めた。
もう日も暮れて、人目を憚る必要はない。
「お帰り、丈!」
「ただいま、洋」
花の精のように清らかな洋を抱きしめると、ほのかに桜の香りが漂い、刺々しくなっていた心が落ち着いた。
「洋がこの世にいてくれる、それだけで困難も乗り越えられそうだ」
「やっぱり……実は……丈が緊張していると思って」
「全部お見通しか」
「あぁ、俺には隠すなよ」
ずっと庇護の対象だった洋が、今は私を守ってくれる。
彼は日々成長している。
努力しているのだ。
私も頑張ろう!
「洋の存在が心強いよ」
「俺は丈がいるから、変わりたくなる。もっともっと……丈に相応しい人になりたいんだ」
「ありがとう」
ここに……私を認め、私を一途に愛し求めてくれる人がいる。
それが生きる原動力になる。
「それにさ……丈の手はゴッドハンドだから、手術は無事に成功するよ。俺を信じて」
洋は微笑みながら私の手を取り、手の甲にチュッと甘いキスをしてくれた。
すると一陣の風が吹き抜け、八重桜の花弁が……雪のように静かに降り注いで来た。
季節も……私たちの存在を祝福してくれるようだ。
「幸せだな」
「あぁ、とても」
私は大丈夫。
こんなにも……心と身体が満たされている。
自分を信じて、洋を信じて。
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