重なる月

志生帆 海

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14章

身も心も 2

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「いよいよ明日、入院か……」

 書き物をしていると、筆を持つ手が微かに震えた。

 どうやら手術を明後日に控え、少し緊張してきたようだ。

 こんな風に感情が乱れそうな時は、流に傍に居て欲しい。
 
 流が傍にいないと不安になってしまうなんて、こんなの、情けないか。

 それでも僕は、もう自分の感情を隠さない。

 だから流を呼ぶ。

「流?」

 流の部屋を覗くと、机の上の書きかけの書類があった。

 近づいて確認すると、それは病院からもらった『入院のしおり』だった。

 持ち物のページに、鉛筆でレ点のチェックがついていた。

「準備してくれたのか」
 
 もう大体揃っている。相変わらず、僕は何でも流任せだ。

 少しは自分でも準備しないと……そう思って、まだチェック印がついていない物を確かめると、室内履きとパジャマに羽織るものだった。

「何かあったような」

 自室に戻り、押し入れを探った。

「確か……昔、使っていたものがあったはずだ」

 押し入れから段ボールを出して確認するが、なかなか見つからない。

 僕は駄目だな。最近、衣食住を流に委ね過ぎている。

 もう一つ奥にしまい込んでいた段ボールが気になり取り出すと、中から子供の頃、宝ものを入れていた缶が出てきた。

「あ……これは……懐かしいね」
 
 おせんべいが入っていた銀色の缶はもう色褪せていたが、懐かしさが込み上げてきた。

 ここに僕は、よく流からもらったものを入れていた。

 あまりに幼い頃の思い出なので、今の今まで忘れていた。

 そっと開けてみると、幼少時代の記憶が色鮮やかに蘇ってきた。

 拙い文字……流からの誕生日カードが、何枚も……!

『にに、おめれとう』

 くすっ、可愛かったなぁ。

 お喋りを始めると真っ先に『にに』って呼んでくれたよね。

 父さんや母さんより先に『にに』ってね。

 可愛くって溜まらなかったな。

『にーちゃん、8さいおめでとう』

 これは6歳くらいかな。やんちゃになってきて、僕が振り回されるようになってきた頃だ。それでも僕は流と遊ぶことが大好きでやめられなかったよ。 

『兄さん、13歳の誕生日おめでとう。いつもありがとうな』

 あぁ……待ってくれ。

 文字も……どんどん成長してしまう。
 
 いつまでも僕を頼ってくれる流でなくなるのが、寂しくもあり、頼もしくもあった。
 
 小さな頃の流が、僕の頭の中でどんどん大人になっていく。

 大人になった流と僕は……

 昨日も身体を重ねてしまった。

 流は入院までの5日間、毎晩僕を抱いた。

 僕らは……互いに暫く肌を触れ合えなくなる寂しさを埋めるように、快楽に身を委ねた。

「こんなの……節操がないか」

 流の形を覚えている僕の中は、まだ湿っているようで……そんなことを考えていると、兆してしまうので、慌てて手紙を缶に戻した。

 流の匂いがする……思い出が心地良すぎて。

 同時に生身の流が恋しくて。

 その時バタバタと階段を駆け上がってくる足音がし、襖が開かれた。

「翠! こんな所にいたのか。ん? 何をしていた?」
「な、なんでもないよ」

 まさか……流の思い出に浸っていたとはいえなくて、慌てて缶を隠した。

「ふぅん……とにかく来てくれ! お宝発掘だ」
「お宝? 我が家にはそんなものはないよ」
「あるさ!」

 流が興奮した眼差しで、僕を見つめた。
 
  そのまま唇を押しつけてきた。

「あ……駄目だ」
「欲しそうな顔をしていたからさ」
「そんな……」
「さぁ行こう。着てみてくれ」
「着るって、何を?」
「いいから! こっちこっち」
 
 首を傾げながら、僕は嬉々とした流に手を引かれ、階段を降りた。 
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