重なる月

志生帆 海

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14章

よく晴れた日に 16

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  ハイヤーは、ホテルの正面玄関に停止した。

 すぐにドアマンが駆けつけてドアを開けてくれたので、先に丈が降り、俺も続いた。

「いらっしゃいませ……お……きゃ……」
 
 抱えきれない程の夕霧色の薔薇を抱えた俺がふっと顔を上げると、ドアマンはそのまま頬を赤らめて絶句してしまった。 俺と丈をマジマジと見て、そのまま固まっている。

 あっ……どうしよう?

 やはりこんなにクラシカルな衣装、変だったか。それともこの薔薇が目立ち過ぎるのか。

 更に通りすがりの人やベルボーイまで足を止めて、俺たちを凝視してくるので、俺はそのまま薔薇の中に隠れたくなった。

 慣れていないのだ。注目を浴びることが、ずっと怖かったから。
 
「じょ……丈。皆が見ている」
「洋、怖がるな。しっかり顔を上げて堂々としていろ。今日の君は……どこかの国の王族のようだ」
「はぁ? それはないだろ?」
「いや、あながち嘘とは言い切れないぞ、王子様」

 珍しい丈の砕けた言葉に気持ちを立て直し、勇気を出して顔を上げた。

 今まで俺が浴びてきたのは、いつも卑猥な視線ばかりだった。

 服の奥まで透視されているような気色悪い視線に耐えられず、目立たないように顔を隠し、身体のラインを隠すことが多かった。

 だから……こんなに華やかな衣装で抱えきれない程の花束を持って、ホテルの正面玄関に降り立つのは、生まれて初めてだ。

「洋……その調子だ。君はとても美しい」
「そ、そうか」

 丈の声以外にも、祖母や母の声まで聞こえてくるようだ。

『そうよ、ようちゃん、顔をあげて……あなたの美貌は私達譲りよ。誇りに思って』

 私達の美貌って、ふふ、おばあ様も母さんも何だか楽しそうだな。

 あれ? なんだか少し楽しい気分になってきた。

「洋も、少し笑ってみろ」

 不特定多数の人に笑いかける? そんなことは、したことがない。

「モデルの涼くんのように、ニコッと笑ってみるといい」
「あ、あぁ」
 
 丈に甘く耳元で囁かれ、普段絶対にしないことをした。

 顔を上げて辺りを見渡して、口角をあげてみた。

『お母さん、おばあ様、どうです? こんな感じですか。あなたたちから譲り受けたものを生かせていますか、今日の俺は……』

 きゃあ、きゃあ! すっごくカッコイイ!  
 ブルジョワ~
 どこかの国の王族? 日本人ではないよね?
 エスコートしている彼もカッコイイ!
 絶対、貴賓室のお客様よね。
 
  ざわめきの中から、とんでもない妄想の声が聞こえてきて、照れ臭くなった。

「洋、もう行くぞ」
「どうだった? 俺……」
「……」
「……目立ち過ぎだ」
 
 丈の声は何故かブスッとしていた。

「丈、まさか怒っているのか」
「いや……予想以上の反応だ」
「丈のことも褒めていたぞ?」
「洋には敵わない」
「へ?」

 丈がこんなんことで張り合うなんて意外で、微笑ましくなってしまった。

 永久に……俺は丈のモノで、丈は俺のモノだ。

 だから心配はいらない。

 部屋に行けば、お前に抱かれるこの身体だ。

「洋のおばあ様はすごいな。この宿泊券は……エグゼクティブフロアでチェックイン出来るそうだ」
「そうなのか」

 二人は特別なフロアに宿泊する。

 こんなに華やかな時を、丈……お前と過ごしたことがあったろうか。

 そう思うと、ずっと顔を上げていようと思った。

 奢っているのではない、ただ、もう顔を上げようと思ったのだ。

 これは、俺と丈の人生だろう?

 二人で幸せを噛みしめて歩んでいく時だから。

 愛しているという言葉では足りない位、丈を愛しているから。
 

****

「流、今日は一緒に風呂に入らないか」
「翠、今日はどうした? いくらなんでも積極的過ぎるぞ」
「……駄目か」

 離れの脱衣所で、ギュッと流を抱きしめた。

「翠……どうした? 手術が怖いのか」
「ん……それもあるが……その……暫くお前と抱き合えないのが……とても辛い」

 心のままに伝えると、流は言葉に詰まっていた。

「信じられない……翠がこんなに俺を求めてくれる。翠……直球過ぎるぞ」
「ぼ、僕だって男だ。欲しいものは欲しいんだ!」
「ううう、もうそれ以上言うな。ヤバイ……」
「えっと……今は、ふ、風呂に入るだけだよ?」
「可愛いな、翠……それだけで済むはずないのに」

 流に逆に抱きしめられ耳朶をペロッと舐められると、心を擽られているようで、過敏に震えてしまった。
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