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14章
よく晴れた日に 12
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祖母に、母が幼い頃のアルバムや少女時代の拙い刺繍を見せてもらった。
二人で母を懐古する時間は、充分に取れた。
ランチは、雪也さんの経営されている『レストラン月湖』に招待されたので、俺は白いフリルのついたブラウスの上に、濃紺のジャケットを着せられた。
「まぁ、素敵よ。ようちゃん、王子様ルックが似合いすぎるわね」
「おばあ様、こんなジャケットまで……ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだわ、せっかくだから髪も整えましょう。寝癖がついているわ」
「あっ……」
ラベンダーの香りのするヘアオイル。唇にはハチミツの味がするリップまで塗ってもらい、まるでおとぎの国の幸福な王子になったような心地で、高揚した。
再び祖母と鏡を覗き込むと、朝より更に幸せそうな俺が映っていた。頬は薔薇色に艶めき、黒髪は濡れたように輝き、唇は血色良く潤っている。
「ようちゃんは、本当に……なんて美しいのかしら」
二人で向かいのレストランに行く時、俺はそっと祖母の手を取り、腕を組んでエスコートした。
照れ臭いが、嬉しい時間だった。
『レストラン月湖』は、都内では珍しい英国風のメニューだった。フィッシュ&チップスやローストビーフなど、日本人好みの味にアレンジされており、どれも美味しい。
「洋くん、食事はお口に合うかな?」
「はい、とても美味しいです。ありがとうございます」
「ここはね、自慢のレストランで、僕の兄が生涯愛した場所だよ」
「そうなんですね」
「最後のデザートは、僕たち兄弟が大好きだったチョコレート菓子だよ」
「楽しみです」
口に含むとキャラメルのようだが粘着力はなく、しっとりとした食感で、噛めば口の中でほろりと崩れて美味しかった。
とても濃厚な甘さに、急に丈が恋しくなった。これ、きっと好きな味だ。丈にも食べさせたいな。
「洋くん、これはお土産に持たせるよ」
「嬉しいです」
雪也さんの隣には奥様の春子さんが、明るいオレンジ色のワンピースで座っていた。
「洋くん、そのシャツがよく似合うわね。本当に素敵だわ。あなたもすっかりおとぎ話の住人ね」
また、照れ臭くなる。一番無縁だと思っていた世界に、今、俺はいる。
「お紅茶をどうぞ」
桂人さんがサーブしてくれ、テツさんが薔薇の花をお土産に用意してくれた。
「残念ながら『夕霧』の品種は咲き始めなので、数本ですが」
「ありがとうございます。母の墓前にお供えします」
本当は抱えきれない程の薔薇を供えかったが、それは贅沢過ぎるよな。
「ようちゃん、またいっらっしゃい」
「はい」
「丈さんが迎えに来るまで、ゆっくりしてね」
雪也さんからは箱に入ったチョコレートをお土産にいいただき、至れり尽くせりだった。
あとは丈が迎えに来るのを待つだけだ。
俺は春の庭を散歩しながら、丈の到着を待った。
やがて夕日が庭を照らし出す。
オレンジシャーベット色に染まる世界に、突如、丈が現れた。
今日は研修だったので、ダークスーツ姿で、そして……
あぁ、まさか……なんてことだ。
抱えきれない程の花束を抱えているなんて!
「丈……」
「ん? 洋なのか……見違えるようだ」
「その花束、どうして?」
「まるでおとぎ話のような館だから、花が似合うと思ってな。それにしても今日の洋は中世の王子様のような出で立ちだ」
丈が俺に向かって、スッと手を伸ばす。
「洋、迎えに来たよ。さぁ私と行こう!」
最愛の人の出迎えと抱えきれない薔薇の花束に感激して、思わず歓喜の涙が流れる。
すると……オレンジシャーベット色の薔薇に俺の涙が落ちると、濡れた部分が朝霧のような色に変わったので驚いた。
「あ……」
おばあ様の話を思い出した。
朝霧と夕霧は対で寄り添って、いつも咲いていたと……
二人で母を懐古する時間は、充分に取れた。
ランチは、雪也さんの経営されている『レストラン月湖』に招待されたので、俺は白いフリルのついたブラウスの上に、濃紺のジャケットを着せられた。
「まぁ、素敵よ。ようちゃん、王子様ルックが似合いすぎるわね」
「おばあ様、こんなジャケットまで……ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだわ、せっかくだから髪も整えましょう。寝癖がついているわ」
「あっ……」
ラベンダーの香りのするヘアオイル。唇にはハチミツの味がするリップまで塗ってもらい、まるでおとぎの国の幸福な王子になったような心地で、高揚した。
再び祖母と鏡を覗き込むと、朝より更に幸せそうな俺が映っていた。頬は薔薇色に艶めき、黒髪は濡れたように輝き、唇は血色良く潤っている。
「ようちゃんは、本当に……なんて美しいのかしら」
二人で向かいのレストランに行く時、俺はそっと祖母の手を取り、腕を組んでエスコートした。
照れ臭いが、嬉しい時間だった。
『レストラン月湖』は、都内では珍しい英国風のメニューだった。フィッシュ&チップスやローストビーフなど、日本人好みの味にアレンジされており、どれも美味しい。
「洋くん、食事はお口に合うかな?」
「はい、とても美味しいです。ありがとうございます」
「ここはね、自慢のレストランで、僕の兄が生涯愛した場所だよ」
「そうなんですね」
「最後のデザートは、僕たち兄弟が大好きだったチョコレート菓子だよ」
「楽しみです」
口に含むとキャラメルのようだが粘着力はなく、しっとりとした食感で、噛めば口の中でほろりと崩れて美味しかった。
とても濃厚な甘さに、急に丈が恋しくなった。これ、きっと好きな味だ。丈にも食べさせたいな。
「洋くん、これはお土産に持たせるよ」
「嬉しいです」
雪也さんの隣には奥様の春子さんが、明るいオレンジ色のワンピースで座っていた。
「洋くん、そのシャツがよく似合うわね。本当に素敵だわ。あなたもすっかりおとぎ話の住人ね」
また、照れ臭くなる。一番無縁だと思っていた世界に、今、俺はいる。
「お紅茶をどうぞ」
桂人さんがサーブしてくれ、テツさんが薔薇の花をお土産に用意してくれた。
「残念ながら『夕霧』の品種は咲き始めなので、数本ですが」
「ありがとうございます。母の墓前にお供えします」
本当は抱えきれない程の薔薇を供えかったが、それは贅沢過ぎるよな。
「ようちゃん、またいっらっしゃい」
「はい」
「丈さんが迎えに来るまで、ゆっくりしてね」
雪也さんからは箱に入ったチョコレートをお土産にいいただき、至れり尽くせりだった。
あとは丈が迎えに来るのを待つだけだ。
俺は春の庭を散歩しながら、丈の到着を待った。
やがて夕日が庭を照らし出す。
オレンジシャーベット色に染まる世界に、突如、丈が現れた。
今日は研修だったので、ダークスーツ姿で、そして……
あぁ、まさか……なんてことだ。
抱えきれない程の花束を抱えているなんて!
「丈……」
「ん? 洋なのか……見違えるようだ」
「その花束、どうして?」
「まるでおとぎ話のような館だから、花が似合うと思ってな。それにしても今日の洋は中世の王子様のような出で立ちだ」
丈が俺に向かって、スッと手を伸ばす。
「洋、迎えに来たよ。さぁ私と行こう!」
最愛の人の出迎えと抱えきれない薔薇の花束に感激して、思わず歓喜の涙が流れる。
すると……オレンジシャーベット色の薔薇に俺の涙が落ちると、濡れた部分が朝霧のような色に変わったので驚いた。
「あ……」
おばあ様の話を思い出した。
朝霧と夕霧は対で寄り添って、いつも咲いていたと……
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