重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,331 / 1,657
14章

よく晴れた日に 12

しおりを挟む
  祖母に、母が幼い頃のアルバムや少女時代の拙い刺繍を見せてもらった。

 二人で母を懐古する時間は、充分に取れた。

 ランチは、雪也さんの経営されている『レストラン月湖』に招待されたので、俺は白いフリルのついたブラウスの上に、濃紺のジャケットを着せられた。

「まぁ、素敵よ。ようちゃん、王子様ルックが似合いすぎるわね」
「おばあ様、こんなジャケットまで……ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだわ、せっかくだから髪も整えましょう。寝癖がついているわ」
「あっ……」

 ラベンダーの香りのするヘアオイル。唇にはハチミツの味がするリップまで塗ってもらい、まるでおとぎの国の幸福な王子になったような心地で、高揚した。

 再び祖母と鏡を覗き込むと、朝より更に幸せそうな俺が映っていた。頬は薔薇色に艶めき、黒髪は濡れたように輝き、唇は血色良く潤っている。

「ようちゃんは、本当に……なんて美しいのかしら」

 二人で向かいのレストランに行く時、俺はそっと祖母の手を取り、腕を組んでエスコートした。

 照れ臭いが、嬉しい時間だった。

『レストラン月湖』は、都内では珍しい英国風のメニューだった。フィッシュ&チップスやローストビーフなど、日本人好みの味にアレンジされており、どれも美味しい。

「洋くん、食事はお口に合うかな?」
「はい、とても美味しいです。ありがとうございます」
「ここはね、自慢のレストランで、僕の兄が生涯愛した場所だよ」
「そうなんですね」
「最後のデザートは、僕たち兄弟が大好きだったチョコレート菓子だよ」
「楽しみです」

 口に含むとキャラメルのようだが粘着力はなく、しっとりとした食感で、噛めば口の中でほろりと崩れて美味しかった。

 とても濃厚な甘さに、急に丈が恋しくなった。これ、きっと好きな味だ。丈にも食べさせたいな。

「洋くん、これはお土産に持たせるよ」
「嬉しいです」

 雪也さんの隣には奥様の春子さんが、明るいオレンジ色のワンピースで座っていた。
 
「洋くん、そのシャツがよく似合うわね。本当に素敵だわ。あなたもすっかりおとぎ話の住人ね」

 また、照れ臭くなる。一番無縁だと思っていた世界に、今、俺はいる。

「お紅茶をどうぞ」

 桂人さんがサーブしてくれ、テツさんが薔薇の花をお土産に用意してくれた。

「残念ながら『夕霧』の品種は咲き始めなので、数本ですが」
「ありがとうございます。母の墓前にお供えします」

 本当は抱えきれない程の薔薇を供えかったが、それは贅沢過ぎるよな。

「ようちゃん、またいっらっしゃい」
「はい」
「丈さんが迎えに来るまで、ゆっくりしてね」

 雪也さんからは箱に入ったチョコレートをお土産にいいただき、至れり尽くせりだった。

 あとは丈が迎えに来るのを待つだけだ。

 俺は春の庭を散歩しながら、丈の到着を待った。

 やがて夕日が庭を照らし出す。



 オレンジシャーベット色に染まる世界に、突如、丈が現れた。

 今日は研修だったので、ダークスーツ姿で、そして……

 あぁ、まさか……なんてことだ。

 抱えきれない程の花束を抱えているなんて!

「丈……」
「ん? 洋なのか……見違えるようだ」
「その花束、どうして?」
「まるでおとぎ話のような館だから、花が似合うと思ってな。それにしても今日の洋は中世の王子様のような出で立ちだ」

 丈が俺に向かって、スッと手を伸ばす。

「洋、迎えに来たよ。さぁ私と行こう!」

 最愛の人の出迎えと抱えきれない薔薇の花束に感激して、思わず歓喜の涙が流れる。

 すると……オレンジシャーベット色の薔薇に俺の涙が落ちると、濡れた部分が朝霧のような色に変わったので驚いた。

「あ……」

 おばあ様の話を思い出した。

 朝霧と夕霧は対で寄り添って、いつも咲いていたと……

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...