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14章
よく晴れた日に 11
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「え?」
声の主は、葉山の海で偶然出会い、懇意にしている葉山瑞樹くんだった。
「丈さん、お久しぶりです! こんな所でお会いできるとは、すごく嬉しいです」
礼儀正しく和やかに挨拶しくれる変わらぬ態度に、安堵した。
「君はいつもここで?」
「いえ、いつもは内勤ですが、人手が足りないと店舗にも立つので……今日は、たまたまです。なので、お会い出来て本当に嬉しいです」
「私もだ」
瑞樹くんに会えるなんて、助かった。祖母宅で過ごす洋に花束をと思ったが、不慣れ過ぎて何をどう選んだらいいのか困っていた。
「今日はどのようなご用途ですか。僕が作っても宜しいですか」
「もちろんだ。ぜひお願いしたい。実は洋が祖母宅にいるので迎えに行く所なんだ。その……なかなかない機会なので、花でも持っていこうかと……同僚からアドバイスを受けてね」
黒いエプロンに白い七分丈のシャツ姿の瑞樹くんは、優しく微笑んでくれた。
「それは素敵なサプライズですね! 洋くん、絶対に喜びますよ。丈さんは、何色がお好きですか」
「好きな色か。落ち着く色がいいな」
「なるほど、洋くんはどうでしょうか」
「……洋の好きな色は何だろう?」
私達はまだまだ知らないことばかりだと、ふと思った。
長い年月、人にも自分にも関心が持てなかった私には、洋以外に執着するものがない。それに洋はいつもシンプルなモノトーンの服が多いので、好きな色がいまいち分からない。
即答できなくて困っていると、瑞樹くんが助言してくれた。
「あの……では、この色はどうでしょう」
差し出されたのは、オレンジシャーベットのような色合いの薔薇だった。
「丈さん、オレンジ色の薔薇は花言葉が豊富です。お客様が贈りたい花のイメージが漠然としている時、僕はこの花をよくオススメしています。花言葉は『情熱』『熱望』そして『絆』という素晴らしいものばかりで、それから何かを成し遂げた人を賞賛する『誇り』や『幸多かれ』という花言葉もあります。今の洋くんにぴったりだと思うのですが、いかがですか」
祖母に受け入れられ幸せな時間を過ごす洋に、花言葉が寄り添っているな。
「とてもいい。それにするよ」
「あの、何本ご用意しましょうか」
それは最初から決まっていた。
「抱えきれない程の花束にしてくれ」
「あ、はい! 洋くんは幸せですね」
「……瑞樹くん、ありがとう」
「え?」
「洋と仲良くしてくれて……洋には友人が極端に少ないんだ。君の澄んだ眼差しを見ていると、本当に安心できるよ」
「僕の方こそ……心を込めて花束にしますので、少々お待ちを」
瑞樹くんは見事な手さばきで、オレンジ色の薔薇の大きな花束を作っていった。私は、そっと彼の手に残る傷跡を盗み見た。
まだうっすら殺傷痕があるな。だが、指の動きには問題ないようだ。
彼の手の傷痕も、もっと薄くなるといい。
ふと、そんなことを思った。
出来上がった花束はナチュラルな安らぎの中で、きちんと長さを揃え、立体的に見えるように工夫されていた。
彼の技術の高さを感じる、出来映えだった。
それから抱え切れられない程の大きさなのに、とても持ちやすかった。
流石だ。
「ありがとう、きっと喜ぶよ」
「洋くんによろしくお伝え下さい。あの……この花束にはひとつだけ魔法がかけてあります」
「?」
「使うかどうかは、洋くん次第ですが」
「楽しいことを……夢をありがとう」
「いえ、またお越し下さい」
瑞樹くんは丁寧にお辞儀して、見送ってくれた。
私は大きな花束を手に持ち、洋の元へ向かった。
鮮やかな花色は、まるで今の私の心を映しているようだ。
洋の反応が、今から楽しみだ。
抱えきれない程の花束に込めた想いは、洋への『愛の強さと深さ』だ。
あとがき(不要な方はスルー)
****
ハロウィンの余韻にまだ包まれています。
昨日5本も愉快な話やロマンチック、可愛い話を書きまくったので、作者もロス感半端ないです~!また楽しい話を書いてみたいです。
今日は『幸せな存在』の瑞樹とクロスオーバーしました。
『重なる月』だけをお読みの方には、少し分かりにくくて申し訳ありません。
声の主は、葉山の海で偶然出会い、懇意にしている葉山瑞樹くんだった。
「丈さん、お久しぶりです! こんな所でお会いできるとは、すごく嬉しいです」
礼儀正しく和やかに挨拶しくれる変わらぬ態度に、安堵した。
「君はいつもここで?」
「いえ、いつもは内勤ですが、人手が足りないと店舗にも立つので……今日は、たまたまです。なので、お会い出来て本当に嬉しいです」
「私もだ」
瑞樹くんに会えるなんて、助かった。祖母宅で過ごす洋に花束をと思ったが、不慣れ過ぎて何をどう選んだらいいのか困っていた。
「今日はどのようなご用途ですか。僕が作っても宜しいですか」
「もちろんだ。ぜひお願いしたい。実は洋が祖母宅にいるので迎えに行く所なんだ。その……なかなかない機会なので、花でも持っていこうかと……同僚からアドバイスを受けてね」
黒いエプロンに白い七分丈のシャツ姿の瑞樹くんは、優しく微笑んでくれた。
「それは素敵なサプライズですね! 洋くん、絶対に喜びますよ。丈さんは、何色がお好きですか」
「好きな色か。落ち着く色がいいな」
「なるほど、洋くんはどうでしょうか」
「……洋の好きな色は何だろう?」
私達はまだまだ知らないことばかりだと、ふと思った。
長い年月、人にも自分にも関心が持てなかった私には、洋以外に執着するものがない。それに洋はいつもシンプルなモノトーンの服が多いので、好きな色がいまいち分からない。
即答できなくて困っていると、瑞樹くんが助言してくれた。
「あの……では、この色はどうでしょう」
差し出されたのは、オレンジシャーベットのような色合いの薔薇だった。
「丈さん、オレンジ色の薔薇は花言葉が豊富です。お客様が贈りたい花のイメージが漠然としている時、僕はこの花をよくオススメしています。花言葉は『情熱』『熱望』そして『絆』という素晴らしいものばかりで、それから何かを成し遂げた人を賞賛する『誇り』や『幸多かれ』という花言葉もあります。今の洋くんにぴったりだと思うのですが、いかがですか」
祖母に受け入れられ幸せな時間を過ごす洋に、花言葉が寄り添っているな。
「とてもいい。それにするよ」
「あの、何本ご用意しましょうか」
それは最初から決まっていた。
「抱えきれない程の花束にしてくれ」
「あ、はい! 洋くんは幸せですね」
「……瑞樹くん、ありがとう」
「え?」
「洋と仲良くしてくれて……洋には友人が極端に少ないんだ。君の澄んだ眼差しを見ていると、本当に安心できるよ」
「僕の方こそ……心を込めて花束にしますので、少々お待ちを」
瑞樹くんは見事な手さばきで、オレンジ色の薔薇の大きな花束を作っていった。私は、そっと彼の手に残る傷跡を盗み見た。
まだうっすら殺傷痕があるな。だが、指の動きには問題ないようだ。
彼の手の傷痕も、もっと薄くなるといい。
ふと、そんなことを思った。
出来上がった花束はナチュラルな安らぎの中で、きちんと長さを揃え、立体的に見えるように工夫されていた。
彼の技術の高さを感じる、出来映えだった。
それから抱え切れられない程の大きさなのに、とても持ちやすかった。
流石だ。
「ありがとう、きっと喜ぶよ」
「洋くんによろしくお伝え下さい。あの……この花束にはひとつだけ魔法がかけてあります」
「?」
「使うかどうかは、洋くん次第ですが」
「楽しいことを……夢をありがとう」
「いえ、またお越し下さい」
瑞樹くんは丁寧にお辞儀して、見送ってくれた。
私は大きな花束を手に持ち、洋の元へ向かった。
鮮やかな花色は、まるで今の私の心を映しているようだ。
洋の反応が、今から楽しみだ。
抱えきれない程の花束に込めた想いは、洋への『愛の強さと深さ』だ。
あとがき(不要な方はスルー)
****
ハロウィンの余韻にまだ包まれています。
昨日5本も愉快な話やロマンチック、可愛い話を書きまくったので、作者もロス感半端ないです~!また楽しい話を書いてみたいです。
今日は『幸せな存在』の瑞樹とクロスオーバーしました。
『重なる月』だけをお読みの方には、少し分かりにくくて申し訳ありません。
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