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14章
よく晴れた日に 9
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「ようちゃん、今日は何時までいられるの?」
「それが、丈が今日は東京で研修を受けているので、一緒に帰ろうと連絡があって……」
「まぁ! それなら夕方までいられるのね」
「はい、おの……俺、お邪魔じゃ?」
「何を言うの。最高に嬉しいわ。私とそれまで過ごしてくれるの?」
「もちろんです」
今日はとことん、祖母のやりたいことに付き合うつもりだ。
だからこんな、ひらひらなブラウスも着てしまった。
「んふふ。じゃあ、これもつけて」
「えっと」
白薔薇の刺繍のブローチ! こんなのつけたことない!
「あら? 嫌? 駄目かしら?」
「い、いえ、つけたことなくて」
「私が作ったのよ。そうだわ。お庭の薔薇を見に行きましょう」
「あ、はい」
おれは植物のことなんて、さっぱり分からない。ただ思い出すのは、母がよく花屋の前に寂しそうに立ち止まっていたこと。
「夕は薔薇が好きだったのよ。我が家の庭は、柊一さんのお宅から分けていただいた『柊雪』という品種と、夕をイメージした『夕霧』、朝の『朝霧』の薔薇が咲き乱れて綺麗なのよ。もう少ししたら、白とオレンジ、ピンクの世界にになるのよ」
母さんの薔薇?
「ようちゃん、これが夕の愛した薔薇よ」
早咲きの薔薇は、夕日色の淡いオレンジシャーベットに染まっていた。
「薔薇は朝咲くから、香りが良いでしょう」
「はい、とても」
俺は、生前の母に花を贈ったことがあっただろうか。だが父が生きていた頃は、母は薔薇に囲まれていた。
「ようちゃん?」
「あの、俺、もう少しここにいても?」
「もちろんよ。この庭はね、お隣の庭師……テツさんに任せているので見事なのよ。ゆっくりしてね」
祖母は部屋に戻って行ったが、俺は庭を散歩を続けることにした。
先ほどから薔薇の香りに誘われるように、父さんと母さんの懐かしい映像が浮かんでいた。それはモノクロからセピアに色づき、更にカラフルになっていった。
……
「夕、お誕生日おめでとう!」
「わぁ、私の年の数なのね」
「あぁ、50本、100本になるまで、君に贈り続けるよ」
「私はあなたからもらう薔薇が大好き……抱えきれない程の薔薇を抱いて眠りたいわ」
そんな甘く悲しいことを言っていた。
父と母はオレンジ色の薔薇のブーケを抱えて、ソファで寄り添っていた。
「洋もおいで」
「洋……大好き」
「私達の愛のすべてをあなたに注ぐわ」
幼い俺は、優しい愛に包まれていた。
なのに……母の棺には薔薇は1本たりとも入らなかった。
……
「うっ……ママ、ごめんなさい」
駄目だ。俺……涙腺が弱くなってしまった。
生け垣にもたれて人知れず泣いていると、声がした。
「やぁ、どうしたの? また泣いて……」
「え?」
茂みから見え隠れするのはプラチナブロンド。
「あ……」
あの由比ヶ浜で出逢った……英国貴族の老紳士が立っていた。
「やぁ、また会ったね。今日は王子様のような出で立ちだな。よく似合うよ」
「あ、あの……どうして」
「そろそろ英国に帰国するので、雪也くんたちに挨拶に来たんだよ。もちろん白江さんにもね」
アーサーさんの背後には、瑠衣さんの姿もあった。
二人とも薔薇の咲く庭が似合う。
「洋くん、どうしたの? 泣いたりして……」
瑠衣さんの優しい声に、また涙が溢れる。
「俺……母は薔薇が好きだったのに……薔薇を一度も贈れなかったんです」
「あぁ、泣かないで。君が泣くと……夕さんも泣いてしまう」
瑠衣さんが優しく抱きしめてくれると、懐かしい気持ちになった。
遠い昔、母さんもこんな風に抱きしめてもらったのか。
「遠い昔……私は……身体が弱く寂しそうな夕さんと、よく遊びました」
「やっぱり……」
「洋くん、出来なかったことは、今、したらいいんです。あとで夕さんのお墓にお供えする薔薇をテツに用意してもらいましょう。それをお供えしたらいかがですか」
瑠衣さんに優しく丁寧に助言してもらい、また涙が溢れた。
「それが、丈が今日は東京で研修を受けているので、一緒に帰ろうと連絡があって……」
「まぁ! それなら夕方までいられるのね」
「はい、おの……俺、お邪魔じゃ?」
「何を言うの。最高に嬉しいわ。私とそれまで過ごしてくれるの?」
「もちろんです」
今日はとことん、祖母のやりたいことに付き合うつもりだ。
だからこんな、ひらひらなブラウスも着てしまった。
「んふふ。じゃあ、これもつけて」
「えっと」
白薔薇の刺繍のブローチ! こんなのつけたことない!
「あら? 嫌? 駄目かしら?」
「い、いえ、つけたことなくて」
「私が作ったのよ。そうだわ。お庭の薔薇を見に行きましょう」
「あ、はい」
おれは植物のことなんて、さっぱり分からない。ただ思い出すのは、母がよく花屋の前に寂しそうに立ち止まっていたこと。
「夕は薔薇が好きだったのよ。我が家の庭は、柊一さんのお宅から分けていただいた『柊雪』という品種と、夕をイメージした『夕霧』、朝の『朝霧』の薔薇が咲き乱れて綺麗なのよ。もう少ししたら、白とオレンジ、ピンクの世界にになるのよ」
母さんの薔薇?
「ようちゃん、これが夕の愛した薔薇よ」
早咲きの薔薇は、夕日色の淡いオレンジシャーベットに染まっていた。
「薔薇は朝咲くから、香りが良いでしょう」
「はい、とても」
俺は、生前の母に花を贈ったことがあっただろうか。だが父が生きていた頃は、母は薔薇に囲まれていた。
「ようちゃん?」
「あの、俺、もう少しここにいても?」
「もちろんよ。この庭はね、お隣の庭師……テツさんに任せているので見事なのよ。ゆっくりしてね」
祖母は部屋に戻って行ったが、俺は庭を散歩を続けることにした。
先ほどから薔薇の香りに誘われるように、父さんと母さんの懐かしい映像が浮かんでいた。それはモノクロからセピアに色づき、更にカラフルになっていった。
……
「夕、お誕生日おめでとう!」
「わぁ、私の年の数なのね」
「あぁ、50本、100本になるまで、君に贈り続けるよ」
「私はあなたからもらう薔薇が大好き……抱えきれない程の薔薇を抱いて眠りたいわ」
そんな甘く悲しいことを言っていた。
父と母はオレンジ色の薔薇のブーケを抱えて、ソファで寄り添っていた。
「洋もおいで」
「洋……大好き」
「私達の愛のすべてをあなたに注ぐわ」
幼い俺は、優しい愛に包まれていた。
なのに……母の棺には薔薇は1本たりとも入らなかった。
……
「うっ……ママ、ごめんなさい」
駄目だ。俺……涙腺が弱くなってしまった。
生け垣にもたれて人知れず泣いていると、声がした。
「やぁ、どうしたの? また泣いて……」
「え?」
茂みから見え隠れするのはプラチナブロンド。
「あ……」
あの由比ヶ浜で出逢った……英国貴族の老紳士が立っていた。
「やぁ、また会ったね。今日は王子様のような出で立ちだな。よく似合うよ」
「あ、あの……どうして」
「そろそろ英国に帰国するので、雪也くんたちに挨拶に来たんだよ。もちろん白江さんにもね」
アーサーさんの背後には、瑠衣さんの姿もあった。
二人とも薔薇の咲く庭が似合う。
「洋くん、どうしたの? 泣いたりして……」
瑠衣さんの優しい声に、また涙が溢れる。
「俺……母は薔薇が好きだったのに……薔薇を一度も贈れなかったんです」
「あぁ、泣かないで。君が泣くと……夕さんも泣いてしまう」
瑠衣さんが優しく抱きしめてくれると、懐かしい気持ちになった。
遠い昔、母さんもこんな風に抱きしめてもらったのか。
「遠い昔……私は……身体が弱く寂しそうな夕さんと、よく遊びました」
「やっぱり……」
「洋くん、出来なかったことは、今、したらいいんです。あとで夕さんのお墓にお供えする薔薇をテツに用意してもらいましょう。それをお供えしたらいかがですか」
瑠衣さんに優しく丁寧に助言してもらい、また涙が溢れた。
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