重なる月

志生帆 海

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14章

よく晴れた日に 8

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「流……こんなにつけて」
「だが最後まではシテないぞ。朝からは、翠の身体の負担になるだろう」
「……ありがとう」

 20分足らずの戯れだった。

 お互い最後まで高まることなく身体を離したが、満ち足りた豊かな想いを抱いていた。

 そのまま衣装部屋に連れて行かれ、着崩れた袈裟を一度脱がされた。

 等身大の姿見に映る僕の身体には無数の花弁が踊っていたので、まるで僕の心の高揚を写し取ったようだと、感嘆の溜め息を漏らしてしまった。

 流の着付けは、天下一品だ。

 シュッと衣擦れの音を立てながら、ビシッと着付けてもらうと、凜々しく、清々しい気持ちになれる。

「ありがとう。行ってくる」
「行っておいで、翠。俺は工房で一仕事してから向かうよ」

 僕たちは見つめ合う。

 心を通わせる。

 僕と流にとって、新しい朝が来た。
 
   遠い昔、湖翠さんがこの世を去るまで密かに探し求めた人は、今、ここにいる。

 あなたが心を濡らして過ごした日々は、こうやって報われていくのです。

 臨終の際……あなたはあの日流水さんが去って行った庭に手を伸ばしましたね。

 その手が掴んだのも、やはり未来への切符だったのでしょう。

 未来への希望をお互い抱いて旅立ったから、今生で出逢えたのでしょう。

 流と僕の人生は、まだ半ばだ。

 まだまだ、これからだ。

 流と生きる人生は、僕のすべてになる!

****

   繭の中にいるような、安心感に包まれて微睡んでいた。

 そこに漂ってくるのは紅茶の香り?

 少しスモーキーな香りだ。

 瞬きを繰り返し覚醒していくと、すぐに慈愛に満ちた声がした。

「あら、ようちゃん、起きた?」
「おばあさま。俺……また寝てしまって?」
「とても疲れていたのね、さぁお紅茶を一緒に飲みましょう」
「とてもいい香りですね」

 祖母は俺の枕元で、優雅に紅茶を飲んでいた。

「これはねアールグレイというお紅茶で、ベルガモットで柑橘系の香りをつけたフレーバーティーの一種なのよ」
「とても好きな香りです」
「どうぞ」

 傍に控えていた桂人さんが、俺にも美しい手つきで紅茶を淹れてくれる。

「洋さん、ベルガモットによるアロマセラピーは、意欲や精神の安定に関わるドーパミンとセロトニンの放出を促してくれるので、不安な症状を緩和できるます」

 桂人さんという人の知識は深い。専門用語をいとも容易く……

 一口飲むと、すぅっと心に染み渡った。

 丈とは珈琲を飲むことが多いので、朝から紅茶を飲むのは新鮮だ。これ……丈にも飲ませてやりたいな。

「あの……」
「分かっているわ。お土産に持たしてあげるわね」
「あ、ありがとうございます。どうして分かったのですか」

 おばあ様には何も言っていないのに、俺が考えていること『阿吽の呼吸』で拾ってもらえる。

「それはね、ようちゃんのことが大切で、大好きだからよ」
「えっ」

 あまりの日常的に降ってくる、大切、大好きという言葉に、また母を思い出してしまった。母も口を開けば、『洋、大好き。洋……あなたが大切なの』と言ってくれた。

「私ね……ようちゃんが本当に大切で、大好きなの。あなたのこと、接すれば接する程、好きになるのよ」

 人に嫌われた方が楽だと思って生きてきた俺なのに……

 もう……そんな疲れる生き方はしなくていいのか。

 そう思うと、もっともっと解放したくなった。

 辛かった過去はもう振り返らないが、置いてきぼりにした俺と出逢いたくなった。


 

 

 
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