重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,320 / 1,657
14章

よく晴れた日に 3

しおりを挟む
「流、いい加減に起きないと、寝坊だよ」

 翠の澄ました声に、飛び起きた。

 頭がズキズキして、ぼんやりとしている。

「流、お酒臭いね」
「ええっ!」

 そんなつれないこと言うなよ~ 翠。

 慌てて飛び起きると、酷い有様だった。

「ふっ、髪がボサボサだよ」
「翠、いつの間に起きたんだ?」
「とっくに起きているよ。何時だと思って?」
「え?」

 時計は八時を示していた。いつも五時に起きるのに、こんなにぐっすり眠っていたなんて。

「丈は?」
「それがね、丈も寝坊して、さっきバタバタと出掛けて行ったよ」
「そうか」

 昨日、月見台にて、三兄弟でゆったりと酒を酌み交わした。どうやらそのまま、離れの茶室で雑魚寝をしてしまったようだ。

 昨夜……月光を浴びながら、翠が宣言してくれたこと。俺が誓ったこと。

 全部ひと言も漏らさずに覚えている。

 末の弟が、俺たちを見て心底嬉しそうに微笑んでくれたこと。

 その弟の前で誓いの接吻をしたのもまざまざと覚えている。

 昨夜の翠は格好良く、そして可愛い人だった。

 時に大胆に凜々しくリードして、時に俺の中で震える小鳥のようにもなる。

 本当に魅力的な翠。

「さぁ、起きて」
「あっ、もう、着替えもしちまったのか」
「流はぐっすり眠っていて……でも、珍しいね。いつも僕より先に起きるのに」
「そうだな」

 こんなにぐっすりと眠れたのは、いつぶりだろう。

 翠がこの寺に戻ってきてから、翠の世話をしたくて翠よりも早く起き支度を調えていたのに。

 なにか気が抜けた? いや吹っ切れたのかもしれないな。

「天つ風を扱えるようになったのかもな」
「ん?」
「空高く、天を吹く風に乗っている気分だ」
「何を言って? もう行くよ」
「駄目だ。行くな」

 袈裟を着た翠が俺を覗き込んだので、その細腕を引っ張って布団に捲き込んでやった。
 
『天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ』
 古今和歌集 百人一首12 
※空を吹く風よ、天女が通る雲の道を閉ざしておくれ。素晴らしい舞を舞い終わった天女たちを、もう少し地上にとどめておきたいから。 

 翠の身体をギュッと力を込めて抱きしめると、焚いた香がふわりと溢れ出た。

「睡蓮の香りだな。今日は……」
「うん……流が起きてくれないから、寂しかったよ」

 ほろりと漏らしてくれる、可愛い本音。

 本当に可愛い兄だと愛おしさが増す朝だった。

「悪かったよ」
「今日は、僕が着替えさせてあげる、僕にやらせて」
「え……」

 おいおい朝からそんなこと言って良いのか。

 俺の半裸を見て、理性を保てるのか。

 翠はやはり大胆だ……天然のな。

****

 私としたことが大遅刻だ。

 しかも茶室で兄二人と雑魚寝をするなんて信じられない。

 肩や腰が痛むが、それを上回る達成感だった。

 一度でいいから……兄と酒を酌み交わし語りあって、夜を明かしてみたかった。

 それが叶ったのだ。

 この高揚する気持ちを一番に伝えたい。

 愛しい洋に……

 今すぐ迎えに行きたい気持ちを抑えながら、モーニングコールをした。

 すると洋の声があまりに幸せそうだったので、ギリギリまで祖母宅で過ごして欲しいと願い、夕方迎えに行くことにした。

 洋……

 君も変わったな。

 私が変わったのと同様に。

 二人の変化は、揃って明るい方向を向いている。

 それが嬉しくて溜まらない朝だった。

 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

処理中です...