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14章
よく晴れた日に 2
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肌触りの良いパジャマの胸元には、繊細な刺繍が施されていた。
「あっ……」
『You』 よう……、これは俺の名だ。
おばあ様が刺繍を? ちょうど昨日、白衣に『JO』と見事に刺繍して下さったの見たばかりなので、すぐに察することが出来た。
母の部屋の残されたトランク。その中に『You』と刺繍されたハンカチがあった。そうか、やはりあれは、おばあ様が刺繍した物だったのか。
『You』は英語でユー。ローマ字読みではヨウ。ユーなら母の名の『夕《ゆう》』で、ヨウなら俺の名の『洋《よう》』だ。
母が生涯宝物のように持ち続けたハンカチには、祖母への思慕が詰まっていたことを知り、胸が切なくなった。
母さん――どうか天国から見ていて。
あなたが出来なかったことを、俺がします。
『洋……ありがとう。ママと一緒に朝御飯を食べて……ママと一緒におしゃべりをして……ママとランチを、ママとお茶を……ママと……』
母の想いは『ママ』への愛で溢れていた。
「母さん……ってば」
思わず、微笑ましい気持ちになった。
思い出の中の……母の面影がゆらりと変化していく。
父が泣くなって泣き腫らした顔。
具合が悪そうに寝込む顔。
……何かを諦めたように、義父に向かって微笑んでいた顔。
ずっと脳にこびりついていた切なく悩ましげな母の顔が霞んでいく。引き換えに思い出すのは、父と三人で暮らしていた頃の、明るく幸せそうな母の表情だ。
俺に『おとぎ話』の絵本をよく読み聞かせては、こう語っていた。
『ママはね、探し求めていた騎士と出会って恋に落ちたのよ。好きで好きで好きで……どうしても一緒になりたくて、生まれて初めて自分で決めたのよ。洋を授かった時は嬉しかった。あなたは私の決心、あなたは私の希望、あなたは私とパパの愛そのものなのよ」
子供心にはよく分からなかったが、今なら分かる。
愛する人で出逢った喜び。
愛する人と暮らせる喜び。
恋に落ちた母さんは、幸せだった。
そして……紆余曲折あったが……今は天国で再び父と仲良く暮らしている。
何かが……吹っ切れる朝だった。
「ようちゃん、もう着替えた?」
「あ、すみません。今、行きます」
慌てて用意されていた白いシャツに袖を通すと、妙にヒラヒラしている。
「ん?」
わわわ、何だ、このシャツ‼
すべすべのシルクに、まるで中世の王子さまのような大袈裟なフリルが袖にも襟にもついている!
お、おばあ様って、かなりの少女趣味?
「あの……俺、こんな服、着たこと……ないです」
「だから着てみて欲しくて。駄目かしら?」
駄目って……
おばあ様がキラキラした瞳で俺を見つめる。
参ったな。でも……こんなにロマンチックな洋館ならありなのか。
『そうよ。洋、着てみて、きっと可愛いわ。ママも見たいわ』
母さんまで……
苦笑しながら、観念してシャツを着た。
「そうよ。やっぱり、よく似合うわね。ようちゃんは王子さまみたいよ」
祖母が感極まって拍手までするので、猛烈に照れ臭くなった。
「鏡をよく見て、ようちゃんの良さが滲み出てくるわ」
「あ……っ、これが俺……?」
母の部屋がオレンジシャーベット色で包まれているせいか、俺の頬が薔薇色に輝いて見えた。見たこともない程、満ち足りた表情を浮かべているのに、驚いた。
この館の中に滞在中は、まるでおとぎ話のような時間を楽しんでみようか。
そんな夢心地になっていた。
「ようちゃん、顔をあげて……自信を持って」
「あっ……」
『You』 よう……、これは俺の名だ。
おばあ様が刺繍を? ちょうど昨日、白衣に『JO』と見事に刺繍して下さったの見たばかりなので、すぐに察することが出来た。
母の部屋の残されたトランク。その中に『You』と刺繍されたハンカチがあった。そうか、やはりあれは、おばあ様が刺繍した物だったのか。
『You』は英語でユー。ローマ字読みではヨウ。ユーなら母の名の『夕《ゆう》』で、ヨウなら俺の名の『洋《よう》』だ。
母が生涯宝物のように持ち続けたハンカチには、祖母への思慕が詰まっていたことを知り、胸が切なくなった。
母さん――どうか天国から見ていて。
あなたが出来なかったことを、俺がします。
『洋……ありがとう。ママと一緒に朝御飯を食べて……ママと一緒におしゃべりをして……ママとランチを、ママとお茶を……ママと……』
母の想いは『ママ』への愛で溢れていた。
「母さん……ってば」
思わず、微笑ましい気持ちになった。
思い出の中の……母の面影がゆらりと変化していく。
父が泣くなって泣き腫らした顔。
具合が悪そうに寝込む顔。
……何かを諦めたように、義父に向かって微笑んでいた顔。
ずっと脳にこびりついていた切なく悩ましげな母の顔が霞んでいく。引き換えに思い出すのは、父と三人で暮らしていた頃の、明るく幸せそうな母の表情だ。
俺に『おとぎ話』の絵本をよく読み聞かせては、こう語っていた。
『ママはね、探し求めていた騎士と出会って恋に落ちたのよ。好きで好きで好きで……どうしても一緒になりたくて、生まれて初めて自分で決めたのよ。洋を授かった時は嬉しかった。あなたは私の決心、あなたは私の希望、あなたは私とパパの愛そのものなのよ」
子供心にはよく分からなかったが、今なら分かる。
愛する人で出逢った喜び。
愛する人と暮らせる喜び。
恋に落ちた母さんは、幸せだった。
そして……紆余曲折あったが……今は天国で再び父と仲良く暮らしている。
何かが……吹っ切れる朝だった。
「ようちゃん、もう着替えた?」
「あ、すみません。今、行きます」
慌てて用意されていた白いシャツに袖を通すと、妙にヒラヒラしている。
「ん?」
わわわ、何だ、このシャツ‼
すべすべのシルクに、まるで中世の王子さまのような大袈裟なフリルが袖にも襟にもついている!
お、おばあ様って、かなりの少女趣味?
「あの……俺、こんな服、着たこと……ないです」
「だから着てみて欲しくて。駄目かしら?」
駄目って……
おばあ様がキラキラした瞳で俺を見つめる。
参ったな。でも……こんなにロマンチックな洋館ならありなのか。
『そうよ。洋、着てみて、きっと可愛いわ。ママも見たいわ』
母さんまで……
苦笑しながら、観念してシャツを着た。
「そうよ。やっぱり、よく似合うわね。ようちゃんは王子さまみたいよ」
祖母が感極まって拍手までするので、猛烈に照れ臭くなった。
「鏡をよく見て、ようちゃんの良さが滲み出てくるわ」
「あ……っ、これが俺……?」
母の部屋がオレンジシャーベット色で包まれているせいか、俺の頬が薔薇色に輝いて見えた。見たこともない程、満ち足りた表情を浮かべているのに、驚いた。
この館の中に滞在中は、まるでおとぎ話のような時間を楽しんでみようか。
そんな夢心地になっていた。
「ようちゃん、顔をあげて……自信を持って」
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