重なる月

志生帆 海

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14章

託す想い、集う人 19

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  白金の屋敷から帰り道、上質なワインをご馳走になり、翠は睡魔に襲われてしまったようだ。

 助手席でだんだん無口になり、そのまま寝息を立ててしまった。

 ふっ……相変わらず、可愛い人だ。

 窓に船を漕ぐ頭がぶつかりそうになっているぞ。

 心配なので、一旦路肩に止めて体勢を整えてやった。

 そこで、後部座席から強い視線を感じた。

「なんだい? 丈ちゃん、洋くんがいなくて寂しいのか」
「な、何を言って……」
「……お前も寝ていていいぞ。結構飲んでいただろう?」
「……私はあの程度では酔いませんよ」
「そうだな。お前が悪酔いしている所は、見たことがない」

 きっと洋くんを守るのに必死で、酔うに酔えなかったのだろう。

 今までは……

「月影寺に戻ったら、俺に付き合えよ。独り寝は寂しいから、すぐ眠れる程度に酔わしてやるよ」
「それは、いいですね」
「今日は素直だな」
「……私は、ずっと素直になれなかった人間でした」

 丈が端正な顔を少しだけ歪ませた。

 人間にはもともと持って生まれた性格もあるからなぁ。お前たちの過去も輪廻転生を繰り返したと聞いている。きっとどの世界でも前世の洋くんを守り切れなかった後悔が、募り募って堅苦しい性質を作ってしまったのでは?

 丈も……もっと変われるはずだ。

 張り付いてしまった鉄の仮面、その下の素顔を見せろよ。

 そう思うのは、洋くんの目映い変化を目の当たりにしたからだ。

 あんな風に気を許して酔っ払える相手は月影寺の俺たち以外いなかったのになぁ。あぁそうか……丈の気持ちは掴めそうだ。

「丈、お前……やっぱり少し寂しいのだろう? こんな風に思うのは不謹慎だと伏せてねじ込んでいるが……」
「何を言って……身内のいなかった洋の……あんなに寛いだ顔を見ることが出来て嬉しいのです」
「ふっ」

 やはりな。嬉しい反面、ずっと庇護していた洋くんの旅立ちが眩しいのだろう。

「丈、大丈夫さ。洋くんの居場所はお前の横だよ。必ず戻ってくるし、これからは一緒に飛翔してみろよ。お前もまだまだ伸びしろがあるはずだ」
「兄さん……」

 丈が車窓から、じっと夜空を見上げた。

 そうだ、月に届く位、伸びやかに生きろ。

「丈、お前はもう……自分に素直になっていい。肩の力を抜け」
 

****

 車中で流兄さんに指摘されたことは、図星だった。

 参ったな。

 白金の屋敷を出る時は、こんな気持ちではなかったのに。

 月影寺が近づくにつれて、いつも必ず傍にいる洋がいないのが寂しくなってしまったのだ。

 私がこんな気持ちを抱く資格などないのは……理解している。

 洋が今までどんなに苦労して両親亡き後生き延びてきたのか、丈、お前が一番よく知っているだろう。ようやく出逢えた祖母……その祖母との水入らずの時間を尊重してやりたいのだろう。

 何を怯む? あのように立派な人達に囲まれたからか。海里先生の気高さに圧倒されたのか。
 
「丈、肩の力を抜け……」

 流兄さんに言われて、ハッとした。

 ふぅと深呼吸して見上げた夜空には、美しい月がいてくれた。

 月のような、洋。

 月は姿を変えても、必ず居てくれる。

 だから恐れるな。

 この変化を――
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