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14章
託す想い、集う人 13
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『希望岬』
その名を聞いた時、ゾクゾクと鳥肌が立ち、身体中に雷鳴が鳴り響いた。
「洋、大丈夫か。震えているぞ」
「……いや、怖くはない。むしろ希望で満ち溢れているんだ」
丈が俺の背中を支えてくれると、桂人さんが俺の両手をしっかりと握ってくれた。
桂人さんの手って温かいな。
何かが溶かされていくような不思議な心地だった。
俺は……あの災いの日から……ずっと消えない心の傷を抱えていた。
(もう大丈夫、もう忘れた。もう乗り越えた)
そんな言葉を重ねても、完全には消えなかった過去だったのに、何故だろう? 薄れていくなんて……。
「洋くん……行きなさい。そこに君が求める世界がある。寄せては引く波に耳を澄まして、心を委ねていけば、いつか刺々しかった過去も丸くなり、もう君が動く度に身体の中で転がって君を刺激することは……なくなるだろう」
桂人さんの言葉が、俺を強く後押ししてくれる。
この道でいい、真っ直ぐに信じた道を行けばいい。
「洋、一気に進めよう。この出逢い、この運命に身を任せ、波に乗るぞ」
「あぁ、丈。改めてよろしくな!」
俺と丈は人目も憚らず、抱擁しあった。
これは、熱い男と男の約束だ。
「そろそろご婦人方の所に戻りましょう。きっと首を長くして待っていますよ」
「雪也さん、そうですね。あの……テツさん桂人さん、薬剤の方の準備をよろしくお願いします。兄の手術は月末を予定しています」
丈が医師の顔になり、術後の予定を相談していた。
「分かった。そのスケジュールで、こちらも準備しておく。桂人、忙しくなるぞ。お前の背中に夜な夜な薬を擦り込んだ日々が懐かしいな。お前は過敏だから、俺たちは、その度に……」
「テ、テツさん! 余計なことは言わないでくれ」
「ははっ、この歳になってもまだ、お前に欲情するよ」
「なっ!」
桂人さんが白い肌を染め上げ、話の方向が寛いでいく。和やかになっていく。
しかし、この手の会話を喜ぶのは、どう考えても流さんだよな?
案の定、流さんはしたり顔で翠さんの和装を整えていた。
「翠、今の話、聞いたか。薬はよーく擦り込むそうだぜ。俺が全部やってやるから任せろ」
「不安しかないよ。流……」
「おもいっきり、優しくする」
「そ、そういう問題じゃ」
「ん?」
「も、もういいから、黙って」
いつもの翠さんと流さんらしい会話を聞けてホッとした。
「丈、俺たちもリラックスしよう」
「そうだな。せっかく洋のおばあ様にあったのだから、そうだ、洋、お土産をまだ渡していないぞ」
「あ!」
緊張と興奮ですっかり忘れていた。 おばあ様に御朱印帳をプレゼントしようと思っていたのに。
「きっと喜んで下さるよ」
「あぁ!」
白薔薇の道を戻って行くと、優雅に紅茶を飲んでいるおばあ様と春子さん、そして春馬さんとそのお子さんの秋くんまで揃っていた。
すごいな、これで勢揃いなのか。
「あ、帰って来たわ」
「ちょうど完成したのよ。待っていたわ」
「え?」
イキイキとした表情のご婦人に名指しで呼ばれるのは誰だろう?
皆で顔を見合わせてしまった。
俺は少し不安だ。何故なら……おばあ様のあの嬉々とした顔は、俺に女装させた時と似ているから。
「まぁ、洋ってば怯えているのね。可愛い子。大丈夫よ、今日はワンピースはなしよ」
「は、はぁ……」
おばあ様は鋭い。
では、誰が呼ばれるのか。
それは……
「丈さん、あなたよ。さぁ、こちらにいらして」
「え、私ですか」
「そうよ。さぁ白衣をもう一度羽織って」
「はい」
長身の丈が白衣を羽織ると、おとぎ話の騎士のようにも王子様のようにも見え、目を擦ってしまった。
ここって……なんだか本気で魔法がかかっているよ。
「洋、見てくれ」
「え?」
丈が自分の胸元を指さすと、白薔薇の刺繍の下に『JO』と新たな刺繍が施されていた。
「素敵でしょう! 丈先生、海里先生の遺志を引き継いで下さってありがとう。でも遺志は引き継ぐところまでよ。あとは丈さんの自由にして欲しいの。そんな願いを込めて、白衣に刺繍を施したわ。これは洋の祖母からの贈り物よ。洋を大切にしてくれて、ありがとう」
その名を聞いた時、ゾクゾクと鳥肌が立ち、身体中に雷鳴が鳴り響いた。
「洋、大丈夫か。震えているぞ」
「……いや、怖くはない。むしろ希望で満ち溢れているんだ」
丈が俺の背中を支えてくれると、桂人さんが俺の両手をしっかりと握ってくれた。
桂人さんの手って温かいな。
何かが溶かされていくような不思議な心地だった。
俺は……あの災いの日から……ずっと消えない心の傷を抱えていた。
(もう大丈夫、もう忘れた。もう乗り越えた)
そんな言葉を重ねても、完全には消えなかった過去だったのに、何故だろう? 薄れていくなんて……。
「洋くん……行きなさい。そこに君が求める世界がある。寄せては引く波に耳を澄まして、心を委ねていけば、いつか刺々しかった過去も丸くなり、もう君が動く度に身体の中で転がって君を刺激することは……なくなるだろう」
桂人さんの言葉が、俺を強く後押ししてくれる。
この道でいい、真っ直ぐに信じた道を行けばいい。
「洋、一気に進めよう。この出逢い、この運命に身を任せ、波に乗るぞ」
「あぁ、丈。改めてよろしくな!」
俺と丈は人目も憚らず、抱擁しあった。
これは、熱い男と男の約束だ。
「そろそろご婦人方の所に戻りましょう。きっと首を長くして待っていますよ」
「雪也さん、そうですね。あの……テツさん桂人さん、薬剤の方の準備をよろしくお願いします。兄の手術は月末を予定しています」
丈が医師の顔になり、術後の予定を相談していた。
「分かった。そのスケジュールで、こちらも準備しておく。桂人、忙しくなるぞ。お前の背中に夜な夜な薬を擦り込んだ日々が懐かしいな。お前は過敏だから、俺たちは、その度に……」
「テ、テツさん! 余計なことは言わないでくれ」
「ははっ、この歳になってもまだ、お前に欲情するよ」
「なっ!」
桂人さんが白い肌を染め上げ、話の方向が寛いでいく。和やかになっていく。
しかし、この手の会話を喜ぶのは、どう考えても流さんだよな?
案の定、流さんはしたり顔で翠さんの和装を整えていた。
「翠、今の話、聞いたか。薬はよーく擦り込むそうだぜ。俺が全部やってやるから任せろ」
「不安しかないよ。流……」
「おもいっきり、優しくする」
「そ、そういう問題じゃ」
「ん?」
「も、もういいから、黙って」
いつもの翠さんと流さんらしい会話を聞けてホッとした。
「丈、俺たちもリラックスしよう」
「そうだな。せっかく洋のおばあ様にあったのだから、そうだ、洋、お土産をまだ渡していないぞ」
「あ!」
緊張と興奮ですっかり忘れていた。 おばあ様に御朱印帳をプレゼントしようと思っていたのに。
「きっと喜んで下さるよ」
「あぁ!」
白薔薇の道を戻って行くと、優雅に紅茶を飲んでいるおばあ様と春子さん、そして春馬さんとそのお子さんの秋くんまで揃っていた。
すごいな、これで勢揃いなのか。
「あ、帰って来たわ」
「ちょうど完成したのよ。待っていたわ」
「え?」
イキイキとした表情のご婦人に名指しで呼ばれるのは誰だろう?
皆で顔を見合わせてしまった。
俺は少し不安だ。何故なら……おばあ様のあの嬉々とした顔は、俺に女装させた時と似ているから。
「まぁ、洋ってば怯えているのね。可愛い子。大丈夫よ、今日はワンピースはなしよ」
「は、はぁ……」
おばあ様は鋭い。
では、誰が呼ばれるのか。
それは……
「丈さん、あなたよ。さぁ、こちらにいらして」
「え、私ですか」
「そうよ。さぁ白衣をもう一度羽織って」
「はい」
長身の丈が白衣を羽織ると、おとぎ話の騎士のようにも王子様のようにも見え、目を擦ってしまった。
ここって……なんだか本気で魔法がかかっているよ。
「洋、見てくれ」
「え?」
丈が自分の胸元を指さすと、白薔薇の刺繍の下に『JO』と新たな刺繍が施されていた。
「素敵でしょう! 丈先生、海里先生の遺志を引き継いで下さってありがとう。でも遺志は引き継ぐところまでよ。あとは丈さんの自由にして欲しいの。そんな願いを込めて、白衣に刺繍を施したわ。これは洋の祖母からの贈り物よ。洋を大切にしてくれて、ありがとう」
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