重なる月

志生帆 海

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14章

託す想い、集う人 11

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 まず翠さんと流さんが席を立った。

「こっちだ。洋くん、君たちも一緒に」
 
 その時、テツさんと丈の視線が絡み合った。

 すると、テツさんがふっと懐かしそうな表情を浮かべた。彼もきっと……海里先生と縁が深いのだろう。

「その白衣……もしかして?」
「海里先生の物です。私は張矢 丈と申します。月影寺、三兄弟の一番下の弟で、大船の病院で外科医をしております」
「あぁ、なるほど、君が……伝説の末の弟か……そして、由比ヶ浜の診療所を継いでくれる人か」
「はい、その通りです」
「海里さんと桂人が話していた人だな。この日を待っていたよ。もう準備は出来ている。薬草園に同行してくれ」
「あ、はい」

 するとおばあ様に呼び止められた。

「少し待って。丈さんの白衣、少しの間、貸していただける?」
「えぇ、もちろん」

  海里先生の白衣をおばあ様に暫し預けて、俺たちは揃って薬草園に足を踏み入れた。柵の中には様々な植物が所狭しと生い茂り、どこか懐かしい雰囲気だった。同時にとてもいい香りが漂っていた。

「あの、これって全部ハーブなんですか?」
「そうだ。ハーブというとラベンダーなど、海外の香料植物の印象が強いが、日本にも素晴らしいハーブがあり、俺は『和ハーブ』と呼んでいる」
「なるほど」

 薬草園の奥には小屋があり、その中に入るように促された。

「ご婦人方の前で肌を見せるのには抵抗があるだろう。翠さん……でしたよね。あなたが消したいと願う傷痕を、ここで見せてもらえますか」
「あ、はい……あの、でもどうして知って? 僕が来た用件はまだ話していなかったのに」
「生前の海里さんから治療途中の患者を由比ヶ浜に残して気がかりだと聞いていました。そしていつかここを知り、ここにやってくるかもと……その時は治療の手助けをして欲しいと頼まれていましたよ」
「そうだったのですね。では……僕の傷をお見せします」

 翠さんが潔く、帯を解いた。

「兄さん、大丈夫なのか」
「うん、直接、診て貰った方が早いからね」

 翠さんは白い長襦袢姿になり、すっと胸元を開いた。

「ここです」

 心臓の真下、ケロイド状になってしまった火傷痕。

「この傷痕と別れたいのです、だから弟の丈に、形成手術を施してもらおうと……海里先生の紹介状を最近見つけたのです。形成手術については詳しく書いてあったので、弟に委ねられます。紹介状には……術後の特別なケアはここを訪ねてくれと書いてあったのです」

「ふっ、海里さんらしいな。まったく、いなくなっても尚、俺を頼ってくれる」

 テツさんはまんざらでもない笑みを浮かべていた。生前の二人の関係が伝わってくるな。

「桂人、お前の背中を見せてやりたいが、いいか」
「えぇ、テツさんの頼みなら」

 桂人さんは、手際よく執事服の上衣を脱いで上半身裸になった。

 そのまま……くるりと背を向けた。

 70代の年齢からは考えられない、しなやかな肢体だった。

 そして傷一つない滑らかな背中に、皆、息を呑んだ。

「どうですか」
「あ、あの……とてもその年齢からは考えられない程の美しい肌です」
「ここにはかつて……桂人、いいか。教えてあげても」
「あぁ、もちろん。おれは何も恥じることはない」

 差し出されたのはモノクロの写真だった。

 若かりし桂人さんのしなやかな背中にミミズ腫れのような痕が、幾重にも降り注いでいた。
 
 目を背けてはいけない。
  
「おれは、若い頃、大怪我をしました。足首の傷痕と背中の傷痕……それを隠すように生きてきたのです。でも海里さんが傷痕を治す研究を重ねてくれ、その実験台に希望してなったのですよ。結果……手術によって見事に傷痕は消え、その後テツさんの調合してくれた和ハーブのクリームと薬湯を飲み続け……ここまで滑らかな肌を取り戻したのです。だから翠さん、あなたのその苦しい傷痕もきっと良くなりますよ」

 桂人さんの言葉は、どこまでも心強い。

 心の傷も深く残るが、目に見える傷痕も辛い。

 翠さんの……アイツから受けた屈辱をもう消せたらと、流さんも丈も……俺も願っていた。

「それは嬉しいですが……それは……まるでおとぎ話のような、不思議な話です。でも……果たしてそんなに都合よく治るのものでしょうか」

「それは……あなたが信じれば、きっと叶うだろう」
 
  桂人さんの返事は、おとぎ話の常套句だった。

「信じたいです! 僕は、もう、この傷から脱したい!」

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