重なる月

志生帆 海

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14章

託す想い、集う人 4

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「流、なぁ……今日僕は何を着ていけばいいのかな?」

 朝早く、翠が俺の部屋にやってきた。深夜まで工房でアクセサリー制作をしていたのでまだ熟睡モードなのに、そんなのお構いなしに肩をユサユサと揺さぶられた。

 眠い目を擦りながら枕元の時計を見ると、まだ夜も明け切らぬ時間だった。
 
「翠、まだ5時じゃないか。今日は住職の仕事は休みだろう。出掛けるのは9時だぞ?」
「うん……なんだか落ち着かなくてね」
「気持ちは分かるが、まだ早い」
「だが、眠れないんだ」

 駄々をこねる翠が可愛くて、目が覚めてきたぞ! 翠の朝はそもそも早い。ひとりでさっさと支度をして朝のお勤めをするのが日課なのに、今日は寝間着代わりの浴衣姿で俺の褥にやってくるなんて嬉しいぞ。

「眠れないなら、ここにいろ」
「えっ!」

 翠の細い手首をグイッと引っ張って、布団の中に捲き込んだ。

「あ……駄目だよ。母屋ではっ」
「何もしないよ。兄さん」
「それ……狡い……」

 兄さんと呼べば、兄さんの顔になるのを知っている。だから最近、月影寺の中では構わず『翠』と呼び捨てにしていた。翠が住職の顔、父の顔、恋人の顔と気忙しい程、どれも完璧にしようとするのが見ていられなくなって……そう呼ぶと宣言したのさ。

  翠を布団の中で抱きしめ、翠の匂いを堪能した。

「も、もう――」
「翠の匂いに包まれる朝もいいな」
「流……」

 翠も観念したのか大人しくなっていく。
 
 翠は猫や犬を可愛がるが、俺は翠が可愛くて仕方が無い!

  いつもそつがない翠が今日に限ってこんなに緊張しているのは、おそらく胸の火傷痕の治療について具体的な話になるからだろう。丈から聞いた話だが、海里先生の特別な治療方法は西洋医学だけでなく、東洋医学やハーブの力も関わっているそうだ。

 俺は翠の身体につけられた傷痕ごと翠を愛すことに抵抗はないが、翠の気持ちが最優先だ。

「流……僕の我が儘を聞いてくれてありがとう」
「我が儘なんかじゃない。だから気にするな。もっと綺麗になるんだな。翠……」

 翠の心臓の下にそっと手を当ててやる。

「あっ、そこには触れるな」
「恥じるな、翠……翠が俺を守った勲章なんだ」
「流……っ」

 何もしないと誓ったくせに、翠のそんな顔を見たら溜まらなくなる。薄く開いて言葉を探す唇をそっと塞いでやった。

「翠は何も言わなくていい……、翠の思うがままに生きろ」
「流……ありがとう」

 


 結局悶々と疼く下半身は、自らの読経で鎮める羽目になった。

 朝食の時、薙に笑われた。

「流さん、明け方、びびったよ」
「なんでだ?」
「隣の部屋から唸り声が聞えてさ、ホラーかと思った」
「俺、なんかしたか」
「地を這うような声だったんだよ~」

 そこまで言われて、ハッと思った。

「読経か」
「そう! 流さんって……父さんの声とは全然違うんだな。渋い、渋い!」
「おい! 俺の方が若いんだぞ」
「ははっ、あ、時間だ。拓人と図書館に行ってきます!」
「おい、道中、気をつけろよ」
「流さんたちもね」

 さぁ、行こう。

「流……結局僕だけ和服なんだね」
「翠はそれが一番似合うぜ。ほら、饅頭を持って」
「あ、小森くんの分もある?」
「やれやれ、またアイツの餌付けか」
「今日は留守を頼むのだから、当然だよ」

 傍に控えていた小森に翠が饅頭を渡せば、尻尾をブンブンふって喜んでいた。

「住職さま~、今日もありがとうございます」
「小森くん、今日は悪いね。御朱印の方を頼むよ。そうだ……今日も小森くん目当ての人が来るかも。真心を込めて送り出してあげて欲しい」
「送り出す?」
「あ、いや……風呂敷の中には、最中だけでなく栗饅頭も沢山入っているからね」
「やったー! やったー!」

 最近顔が丸くなった小森の、脳天気な声に送り出された。

 俺が運転するので、丈と洋くんは後部座席に座らせた。

 助手席は翠だ。

 そこは特等席だぞ、俺の懸想人のな。

 さぁ行こう! 縁を繋げ、縁を生かし……縁に委ねに。
 
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