重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,296 / 1,657
14章

託す想い、集う人 3

しおりを挟む
「洋、支度は出来たのか」
「待って、まだネクタイが」
「どれ?」

 祖母の家に丈とお邪魔するので、張り切ってスーツを着てみたが、どうもしっくり来なかった。

「洋、今日はスーツでなくてもいいのでは?」
「そうかな?」
「あぁもっと寛いだ感じがいいだろう。いつもの洋らしい姿を見せてあげるといいのでは」
「そうだな。変に背伸びしなくていいのか」
「そうだ。もう洋は緊張しなくていい。大好きなおばあさまの家に遊びに行く。ただそれだけのことだ」

 丈の言葉はいつも深いな。
 ベージュのパンツに白いリネンシャツに着替えた。
 俺の定番服だ。
 
「じゃあ……丈もスーツでなくていいのでは?」
「ふっ、私はこれを羽織るよ、向こうに着いたら。だからスーツがいいな」
「あっ、海里先生の白衣!」
「海里先生のご家族にも会えるのだろう。由比ヶ浜の診療所を継がせていただく覚悟を伝えたい」

 由比ヶ浜の海岸で丈が白衣を着た時のことを思い出し、目を細めてしまった。海風に白衣がはためいて凜々しかったよな。

「いいね。丈が海里先生と体型も似ていたのかな? 白衣が本当にあつらえたようにしっくりしている」
「そうか」

 海里先生の想いを引き継ぐ覚悟。
 勤め先を退職し、開業する覚悟。
 俺と生涯生きていく覚悟。

 丈の覚悟は揺らぎがない。

「丈は、今も昔も変わらないな。自分というものを持っている」
「ふっ、昔は違うよ。世捨て人のようだった。生きている世界に関心が持てなかっただけだ。だが今は違う。洋と出会ってから変わった。私も春の日差しのように相手に優しく接したくなったんだ」

 人は変われる、変わりたいと願えば……それを教えてくれる。

「いいね。俺も丈とこの月影寺で生きていくうちに学んだよ。 人を許す寛大さを持って生きていくことの意味を……」
「洋、お前は本当に……」

 丈はそれ以上の言葉は呑み込み、ただ優しく朝のキスをしてくれた。

「さぁ、行くぞ。忘れ物はないか」
「あ……待って。おばあさまへのお土産が」

 流さんに頼んで作ってもらった桜貝のペンダントと俺の書いた御朱印を収めた御朱印帳を持った。

「そうだ。せっかくなら、洋が翻訳した本も持って行けばいい」
「あ……そうかな?」

 先生に頼まれた英国の庭師と少年の物語を持って行きたかったが、まだ翻訳途中なので残念だ。でも今はこんな仕事をしていると話したいな。この物語の結末には救いがあるから。

「まだ途中だが、これにする」
「いいと思う……この前話してくれた物語だな」
「うん。とても好きな話だった」
「そうだな。どん底を味わった二人が築き上げる幸せは、私たちのようだ」
「丈……ありがとう」
「どうした? 急に」

 こんなにも穏やかな朝を迎えられる感謝を込めて……恋人である丈に告げたい言葉だ。

 何度でも何度でも言うよ。

 ありがとう。

 俺を愛し、俺を導き……俺と生きてくれて、ありがとう。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。 兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。 リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。 三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、 「なんだ。帰ってきたんだ」 と、嫌悪な様子で接するのだった。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...