重なる月

志生帆 海

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14章

託す想い、集う人 3

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「洋、支度は出来たのか」
「待って、まだネクタイが」
「どれ?」

 祖母の家に丈とお邪魔するので、張り切ってスーツを着てみたが、どうもしっくり来なかった。

「洋、今日はスーツでなくてもいいのでは?」
「そうかな?」
「あぁもっと寛いだ感じがいいだろう。いつもの洋らしい姿を見せてあげるといいのでは」
「そうだな。変に背伸びしなくていいのか」
「そうだ。もう洋は緊張しなくていい。大好きなおばあさまの家に遊びに行く。ただそれだけのことだ」

 丈の言葉はいつも深いな。
 ベージュのパンツに白いリネンシャツに着替えた。
 俺の定番服だ。
 
「じゃあ……丈もスーツでなくていいのでは?」
「ふっ、私はこれを羽織るよ、向こうに着いたら。だからスーツがいいな」
「あっ、海里先生の白衣!」
「海里先生のご家族にも会えるのだろう。由比ヶ浜の診療所を継がせていただく覚悟を伝えたい」

 由比ヶ浜の海岸で丈が白衣を着た時のことを思い出し、目を細めてしまった。海風に白衣がはためいて凜々しかったよな。

「いいね。丈が海里先生と体型も似ていたのかな? 白衣が本当にあつらえたようにしっくりしている」
「そうか」

 海里先生の想いを引き継ぐ覚悟。
 勤め先を退職し、開業する覚悟。
 俺と生涯生きていく覚悟。

 丈の覚悟は揺らぎがない。

「丈は、今も昔も変わらないな。自分というものを持っている」
「ふっ、昔は違うよ。世捨て人のようだった。生きている世界に関心が持てなかっただけだ。だが今は違う。洋と出会ってから変わった。私も春の日差しのように相手に優しく接したくなったんだ」

 人は変われる、変わりたいと願えば……それを教えてくれる。

「いいね。俺も丈とこの月影寺で生きていくうちに学んだよ。 人を許す寛大さを持って生きていくことの意味を……」
「洋、お前は本当に……」

 丈はそれ以上の言葉は呑み込み、ただ優しく朝のキスをしてくれた。

「さぁ、行くぞ。忘れ物はないか」
「あ……待って。おばあさまへのお土産が」

 流さんに頼んで作ってもらった桜貝のペンダントと俺の書いた御朱印を収めた御朱印帳を持った。

「そうだ。せっかくなら、洋が翻訳した本も持って行けばいい」
「あ……そうかな?」

 先生に頼まれた英国の庭師と少年の物語を持って行きたかったが、まだ翻訳途中なので残念だ。でも今はこんな仕事をしていると話したいな。この物語の結末には救いがあるから。

「まだ途中だが、これにする」
「いいと思う……この前話してくれた物語だな」
「うん。とても好きな話だった」
「そうだな。どん底を味わった二人が築き上げる幸せは、私たちのようだ」
「丈……ありがとう」
「どうした? 急に」

 こんなにも穏やかな朝を迎えられる感謝を込めて……恋人である丈に告げたい言葉だ。

 何度でも何度でも言うよ。

 ありがとう。

 俺を愛し、俺を導き……俺と生きてくれて、ありがとう。
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