1,295 / 1,657
14章
託す想い、集う人 2
しおりを挟む
白江さんと話しているうちに、優しかった兄さまと頼もしかった海里先生を思いっきり追憶してしまった。
まだ慣れないな。
お二人がもうとっくにこの世の中にいないことが……
兄さまの部屋に入れば、いつものように兄さまが静かに微笑んで「雪也!」と呼びかけてくれそうで、つい姿を探してしまう。
白江さんが洋くんに譲り渡した由比ヶ浜の洋館、あそこには楽しい思い出ばかり詰まっている。
何故なら若い頃には別荘として使わせてもらい、晩年には海里先生の診療所となったから。
夏休みには妻と子供たちと遊びに行った。兄さまは日差しが苦手なので、相変わらず大きな麦わら帽子に白い長袖シャツ姿だった。その姿にかつてテツさんに庭師の弟子だと間違えられたことを思い出して、皆で笑ってしまった。
テツさんと桂人さんも、一緒に来ることもあった。その時は豪快にテラスでBBQをして、和やかな時間だった。
僕と兄さまが顔を見合わせて笑えば、海里先生が白衣を海風にはためかせ、彫りの深い顔を綻ばせていた。
そもそも……海里先生がいらっしゃらなかったら、僕たち兄弟は路頭に迷って命を投げ出していたのだ。あの日病院の屋上で救ってくれた命……そして僕の心臓の手術をしてくれたお陰で、この歳になっても元気に生きていられるのだ。
両親亡き後、僕を守り育てて下さった兄さま。僕の命を二度救って下さった海里先生………………どうして、この場にいないのですか。
追憶の雨に降られ……涙が溢れ、視界がにじみ出す。
その時、背後から明るい声が聞こえた。
「雪くん、今日はお天気よ。さぁ涙はもう乾かして……そんなところで立ち話していないで、中庭でお茶を飲みましょうよ。そこで到着を待ちましょうよ」
「春子ちゃん!」
春子ちゃんが現れると、心に陽光が射すようだ。
「そうよ、雪也さん、一緒に待ちましょうよ。洋達の到着を」
「いいですね」
「懐かしいわ。夕ちゃんは私が初めて子守りしたお子さんよ。ねぇ雪くんは会ったことがあるのでしょう。夕ちゃんの息子さんってどんなお顔かしら? 面影あるといいわね。あぁ楽しみだわ」
妻は、まだ洋くんを見ていない。
会ったら、かなり驚くだろう。
何しろ、夕さんと瓜二つの顔立ちなのだから。
性別を超えた美しさには、圧倒される。
「外に出ますか。では何か飲み物を入れますね、銘柄はどうしましょうか」
「桂人さん! こんな日は、瑠衣秘伝の『レモンバームのラビングカップ』がいいのでは?」
「雪也さん、それって確か」
「そう! 今日に相応しいだろう」
瑠衣から聞いた話だ。
中世のイギリスでは娘に求婚者が訪ねて来ると、緊張している二人を落ち着かせるために娘の母がこのカクテルを作ったそうだ。娘が素敵な男性と恋に落ちて結婚するようにという願いが込められていると。
「いいですね。レモンバームには不安を和らげて、心を穏やかにする効果がありますからね。じゃあ……テツさんのハーブガーデンに取りに行って来ますよ」
「えぇ、頼みます」
さぁ、こちらの準備は整った。
洋くん、そして丈さん……そして丈さんの二人のお兄さん、どうぞいらして下さい。
歓迎します!
まだ慣れないな。
お二人がもうとっくにこの世の中にいないことが……
兄さまの部屋に入れば、いつものように兄さまが静かに微笑んで「雪也!」と呼びかけてくれそうで、つい姿を探してしまう。
白江さんが洋くんに譲り渡した由比ヶ浜の洋館、あそこには楽しい思い出ばかり詰まっている。
何故なら若い頃には別荘として使わせてもらい、晩年には海里先生の診療所となったから。
夏休みには妻と子供たちと遊びに行った。兄さまは日差しが苦手なので、相変わらず大きな麦わら帽子に白い長袖シャツ姿だった。その姿にかつてテツさんに庭師の弟子だと間違えられたことを思い出して、皆で笑ってしまった。
テツさんと桂人さんも、一緒に来ることもあった。その時は豪快にテラスでBBQをして、和やかな時間だった。
僕と兄さまが顔を見合わせて笑えば、海里先生が白衣を海風にはためかせ、彫りの深い顔を綻ばせていた。
そもそも……海里先生がいらっしゃらなかったら、僕たち兄弟は路頭に迷って命を投げ出していたのだ。あの日病院の屋上で救ってくれた命……そして僕の心臓の手術をしてくれたお陰で、この歳になっても元気に生きていられるのだ。
両親亡き後、僕を守り育てて下さった兄さま。僕の命を二度救って下さった海里先生………………どうして、この場にいないのですか。
追憶の雨に降られ……涙が溢れ、視界がにじみ出す。
その時、背後から明るい声が聞こえた。
「雪くん、今日はお天気よ。さぁ涙はもう乾かして……そんなところで立ち話していないで、中庭でお茶を飲みましょうよ。そこで到着を待ちましょうよ」
「春子ちゃん!」
春子ちゃんが現れると、心に陽光が射すようだ。
「そうよ、雪也さん、一緒に待ちましょうよ。洋達の到着を」
「いいですね」
「懐かしいわ。夕ちゃんは私が初めて子守りしたお子さんよ。ねぇ雪くんは会ったことがあるのでしょう。夕ちゃんの息子さんってどんなお顔かしら? 面影あるといいわね。あぁ楽しみだわ」
妻は、まだ洋くんを見ていない。
会ったら、かなり驚くだろう。
何しろ、夕さんと瓜二つの顔立ちなのだから。
性別を超えた美しさには、圧倒される。
「外に出ますか。では何か飲み物を入れますね、銘柄はどうしましょうか」
「桂人さん! こんな日は、瑠衣秘伝の『レモンバームのラビングカップ』がいいのでは?」
「雪也さん、それって確か」
「そう! 今日に相応しいだろう」
瑠衣から聞いた話だ。
中世のイギリスでは娘に求婚者が訪ねて来ると、緊張している二人を落ち着かせるために娘の母がこのカクテルを作ったそうだ。娘が素敵な男性と恋に落ちて結婚するようにという願いが込められていると。
「いいですね。レモンバームには不安を和らげて、心を穏やかにする効果がありますからね。じゃあ……テツさんのハーブガーデンに取りに行って来ますよ」
「えぇ、頼みます」
さぁ、こちらの準備は整った。
洋くん、そして丈さん……そして丈さんの二人のお兄さん、どうぞいらして下さい。
歓迎します!
10
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)


そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる