重なる月

志生帆 海

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14章

託す想い、集う人 2

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 白江さんと話しているうちに、優しかった兄さまと頼もしかった海里先生を思いっきり追憶してしまった。

  まだ慣れないな。
 お二人がもうとっくにこの世の中にいないことが……

 兄さまの部屋に入れば、いつものように兄さまが静かに微笑んで「雪也!」と呼びかけてくれそうで、つい姿を探してしまう。

 白江さんが洋くんに譲り渡した由比ヶ浜の洋館、あそこには楽しい思い出ばかり詰まっている。

 何故なら若い頃には別荘として使わせてもらい、晩年には海里先生の診療所となったから。

 夏休みには妻と子供たちと遊びに行った。兄さまは日差しが苦手なので、相変わらず大きな麦わら帽子に白い長袖シャツ姿だった。その姿にかつてテツさんに庭師の弟子だと間違えられたことを思い出して、皆で笑ってしまった。

 テツさんと桂人さんも、一緒に来ることもあった。その時は豪快にテラスでBBQをして、和やかな時間だった。

 僕と兄さまが顔を見合わせて笑えば、海里先生が白衣を海風にはためかせ、彫りの深い顔を綻ばせていた。

 そもそも……海里先生がいらっしゃらなかったら、僕たち兄弟は路頭に迷って命を投げ出していたのだ。あの日病院の屋上で救ってくれた命……そして僕の心臓の手術をしてくれたお陰で、この歳になっても元気に生きていられるのだ。

 両親亡き後、僕を守り育てて下さった兄さま。僕の命を二度救って下さった海里先生………………どうして、この場にいないのですか。

 追憶の雨に降られ……涙が溢れ、視界がにじみ出す。

 その時、背後から明るい声が聞こえた。

「雪くん、今日はお天気よ。さぁ涙はもう乾かして……そんなところで立ち話していないで、中庭でお茶を飲みましょうよ。そこで到着を待ちましょうよ」
「春子ちゃん!」

 春子ちゃんが現れると、心に陽光が射すようだ。
 
「そうよ、雪也さん、一緒に待ちましょうよ。洋達の到着を」
「いいですね」
「懐かしいわ。夕ちゃんは私が初めて子守りしたお子さんよ。ねぇ雪くんは会ったことがあるのでしょう。夕ちゃんの息子さんってどんなお顔かしら? 面影あるといいわね。あぁ楽しみだわ」

 妻は、まだ洋くんを見ていない。
 会ったら、かなり驚くだろう。
 何しろ、夕さんと瓜二つの顔立ちなのだから。
 性別を超えた美しさには、圧倒される。

「外に出ますか。では何か飲み物を入れますね、銘柄はどうしましょうか」
「桂人さん! こんな日は、瑠衣秘伝の『レモンバームのラビングカップ』がいいのでは?」
「雪也さん、それって確か」
「そう! 今日に相応しいだろう」

 瑠衣から聞いた話だ。

 中世のイギリスでは娘に求婚者が訪ねて来ると、緊張している二人を落ち着かせるために娘の母がこのカクテルを作ったそうだ。娘が素敵な男性と恋に落ちて結婚するようにという願いが込められていると。

「いいですね。レモンバームには不安を和らげて、心を穏やかにする効果がありますからね。じゃあ……テツさんのハーブガーデンに取りに行って来ますよ」
「えぇ、頼みます」
 
   さぁ、こちらの準備は整った。

 洋くん、そして丈さん……そして丈さんの二人のお兄さん、どうぞいらして下さい。
 
 歓迎します!
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