重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,293 / 1,657
14章

それぞれの想い 35

しおりを挟む
「ところで翠。さっき小森が言っていたことだが……」
「あぁ……まぁあれはあれで、良かったんじゃないかな」

 御朱印受付の人が途切れたところで、翠に思い切って聞いてみた。
  
「じゃあやっぱり……小森にとっては幻のモテ期で、ぬか喜びだがな」
「でも本人も喜んでいるし、それに今頃、小森くんはきっと最中の虜だよ」
「ははっ! 翠は余裕だな」
「まぁここは寺だしたまにね。御朱印を取りに来た子……あの子もあれで浮かばれたんじゃないかな」
「やっぱり翠には見えたのか」
「まぁね……可愛い高校生だったし、もう成仏したので、害はないよ」

 ****

「小森くん、そんなに急いで食べたら、危ないよ」
「ゲホッ! あーん、洋さんも翠さんみたいに優しいんですね」
「そ、そうかな? でも良かった」
「何がです?」

 洋さんが僕を見つめて胸を撫で下ろしているので、聞いてみた。
 
「いや、小森くんってば、誰もいないのに御朱印を頼まれたって……大丈夫かなって。さっきの話……彰さんって本当にいたんですか」
「え? だってちゃんと渡しましたよ」
「そうなんですね。じゃあ……まぁ良かったと思います」
「えっ、まさかのまさか? じゃ、ないですよねぇ~ あーんせっかくモテ期到来だと思ったのにぃ~」
「わ! 泣かないで下さい。あ、お饅頭も食べます?」
「ワン! 食べる!」

 パクパクっ!

 最中にお饅頭まで美味しいなぁ。今日の住職は大盤振る舞いだなぁ~ 何かいいことでもあったのかな。


 ****

「洋? どうした? 爪に墨がついているぞ」
「あれ、よく洗ったつもりなのに……落ちなかったのか」
「日中何をした?」

 丈が俺を洗面所の連れて行き、爪にブラシを当ててくれた。

「寺の手伝いをしてみたんだ……その、御朱印を書く手伝いをね」
「洋が? あぁ、だからこんな所に墨を……で、どこに零したんだ。墨は厄介だぞ。落ちないかも……」
「え? なんで分かるの?」
「さぁ正直に言え」
「う……その、床とズボンに墨が飛んじゃって」
「やれやれ、洗ってやるから全部出してみろ」

 小さな子供みたい、しょんぼりだ。
 俺ってどうしてこんなに不器用なのだろう。

「これは……また派手に汚したな」
「ごめん、これでも洗ったんだよ」
「墨は洗剤だけじゃ無理だぞ」

 丈が洗剤と石鹸をブレンドして洗ってくれると、完璧とは言えないが結構落ちたので感激してしまった。歯ミガキ粉とか白いご飯粒とか裏技があるらしい。

「丈、ありがとう」

 嬉しくなってふわりと抱きつくと、丈も笑ってくれた。

「どれ? 爪をもう一度見せてみろ」
「もう綺麗に落ちたよ」
「そのようだな。洋が汚れているのは私が許せない」
「も、もう。照れるよ。丈……」

 洗面所で、軽くキスをしあった。

「ん……そうだ。俺の書いた御朱印帳を見てくれないか」
「あぁそうだったな。しかし洋、あまり顔を見せるなよ。お前の美貌が漏れるのは心配だ」
「あ……あぁ」

 とても長蛇の列になったとは言えないな。

「へぇ、洋は字が綺麗だと思っていたが毛筆も達筆だな。習っていたのか」
「あ、そういえば俺……習い事には行かせてもらえなかったが、母さん自ら手解きしてくれて」
「だからなのか。お母さん譲りなんだな。そうだ、今度白江さんにも贈ったらどうだ?」
「丈! 本当にそう思ってくれるのか」
「洋の得意分野発見だな」
「嬉しいよ。俺……不器用でアクセサリーも作れなくて流さんにお願いしてしまったし……少し自分に嫌悪感が」

 丈が俺を抱きしめ、髪を撫でてくれる。気持ちいい……。

「馬鹿だな。洋自身が白江さんにとってかけがえのない贈りものだ。こんなに美しく品のある優しい孫はいないよ」

 丈の言葉が、俺に自信を与えてくれる。

 俺の存在意義を教えてくれる。

「丈先生は手術の腕前だけでなく、言葉も巧みだな。俺……すごくいい気分になってしまった」
「じゃあ、そのまま俺に抱かれてくれるか」
「あぁ……喜んで」

 再びシーツに戻り、寝室の灯りを消す。

 ベッド上のスポットライトを月光のように浴びながら、今宵も丈と身体を重ねよう。
 
 週末は、皆で俺の母の実家に行こう。

 それぞれの想いを抱いて……!


                     「それぞれの想い」了









しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...