重なる月

志生帆 海

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14章

それぞれの想い 34

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「しょ、少々お待ちくださいね。あああああ、彰さん!」

 た、大変だぁ~!

 僕はふらふらと御朱印帳受付に戻った。

「よ、よ、ようさーん!」
「どうしたんですか。小森さん、顔、真っ赤ですよ。外が暑かったですか」
「ちがくて、ご指名をもらっちゃったんです‼」

 洋さんは目を丸くしていた。

「ご指名って、大丈夫ですか。何かされたのでは?」
「されました♡」
「えっ‼ 大丈夫ですか、小森さんは可愛いから、心配です」

 ひぇぇ~ 今日はなんのラッキーデーなの?
 僕って超凡人だと思っていたのに、もしかして可愛いの?

 今度は頬をつねってみた。

「イテテ……」
「小森さん、ちゃんと話して下さい。で、誰に何をされたんですか」

 美しすぎる洋さんの顔がどアップになり、急に照れ臭くなってしまった。

 あ……男が男に恋する気持ちが存在するのって、分かるな。洋さんみたいな絶世の美形を前にしたら、誰でもほわんとトキメイテしまうよな。いやいやそれを言ったら優美でたおやかなご住職さまも然り!この月影寺は顔面偏差値高すぎだー!

「あ、それが僕の署名の御朱印が欲しいと言われただけなんですが、可愛い男子高校生だったので、つい浮き足だってしまいました」(ちょっ! これ、日本語OK?)

「へ?」

 洋さんは先ほどまでの心配モードから、少し冷ややかな目になっていた。

 そんなぁ~ 待ってくださいよ。

「小森さん、場所、変わりますね。心置きなくその少年に書いてあげてください」
「あ、ありがとう」

 僕にとっては、初めてなのだから喜んだっていいよね? 洋さんのいけず~!

 よーし、『彰さんへ』って書いちゃうもんね! (『御朱印帳を芸能人へのサイン帳と間違えてはいけません』と、いつも住職がやんわりと女性ファンをたしなめているけど、今日はいないからいいよね)

(小森くん、ここはそういう場所ではないよ)

 住職の声が聞こえた気がして、慌てて周りを見渡すがいなかった。

 空耳、空耳。

「そうだ! ついでに『小森風太より♡』って書いちゃおうかなぁ」

 ウキウキ。

「あ、あの出来ました」
「ありがとうございます。小森風太さんと言うんですね」

 わ、ついにフルネームで呼ばれてしまったよ~

「では」

 あれれ? もう行ってしまうの? 僕に何か言うことないのー?

 と、入れ替わりで住職が戻って来られた。

 ぴえん~ この深い悲しみ……慰めてもらいたい!

「じゅうしょく~ ぐすん!」
「小森くん、留守番ありがとう。何か変わったことはなかった?」
「ありましたぁ! この小森のサインが欲しいという青年があそこに!」

 あ、あれ? もういない!

「サイン……って? 一体、あ、もしかして」

 住職は小首を傾げ、背後に控えていた副住職には、豪快に笑われた。

「やったな! 小森、ついにモテ期到来か、おめでとう!」
「いや、相手は男子高校生ですよ。年下だし、同性だし……でもとっても嬉しかったです」
「……小森くん」

 まずい! サインなんて言ってしまったからお目玉を食らう?

 ギュッと目を瞑るが、静かなままだ。

「ふぅ、仕方が無いね。目を開けていいよ。ほら最中を買ってきたから、洋くんと休憩をしておいで」
「やったぁ最中ですね! ありがとうございます。住職だ大好きです」
「くすっ、やっぱり小森くんは可愛いねぇ」

 住職が目を細めて見つめてくれると、僕には耳と尻尾があるような心地になる。

「わぉーん! 食べてきます!」
 
 ****

「翠は、極端に小森に甘いぞ」
「だね、僕は可愛いものに弱いんだ」
「可愛いねぇ。 あっ、もしかして俺のことも可愛いと思っていないか」

 そう聞くと、翠が意外そうな顔をした。

「流は……カッコイイと思う」
「お、おい、いきなり寺の中で告白するなよ。焦る!」
「ごめん、兄としては可愛いと思うこともあるが……やっぱり流はカッコイイよ。僕の憧れだよ」

 今日は一体何のご褒美だ? 

 小森だけでなく、俺まで舞い上がりそうだぜ。

 『憧れ』は俺の台詞だぞ、翠……。

 ずっと憧れていた翠からもらう言葉は、金平糖より甘かった。

 今日一日、翠の背後で副住職として大人しくしていたが、我慢出来なくなりそうだ。

「流、皆がお茶をしている間、二人きりだね」
 
 翠は俺を煽る天才だ!

 あぁ、今は真っ昼間で、ここが御朱印受付場だということが恨めしい。

「流、今から……夏休みの旅行が待ち遠しいよ」

 翠も同じ気持ちなのが伝わって、それが嬉しかった。

「二人きりで、山奥で寝ても覚めても……」
「りゅ、流……」

 未来への約束が出来ることに感謝しよう。

 だから……今は、ぐっと我慢だ。






 
 

 
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