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14章
それぞれの想い 30
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「あ……すみません。俺……何言って」
「拓人くん……大丈夫だよ。僕をお母さんだと思って甘えていい。だから痛いのなら痛いとちゃんと言うんだよ」
「翠さん……すみません。俺なんかに」
拓人くんは翠に対して、未だに申し訳ない気持ちが強いようだ。
「『俺なんか』などと言ってはいけないよ。君は達哉にとって大切な息子なんだ。もう僕は過去を通り過ぎた。君もあの日は……通過点だったと思って乗り越えてくれ」
「翠さん……どうして、あんなことに加担した僕を許してくれるのですか」
「加担だなんて……それは違うよ。君はいい子だよ。僕の親友が養子にしたんだ。それに薙の親友だろう。信じられる」
「俺を……信じてくれるのですか……うっ……う……」
「当たり前だよ」
どこまでも切なく泣ける会話だった。
改めて克哉の卑劣さが改めて浮き彫りになる。こんな幼子に何をしてくれたのだ! とハンドルを持つ手に力が入ってしまう。だが恨みを恨みで返しても終わりはやって来ない。
だから……あいつへの募る怨みは、もう通過していこうと決めたんだ。
『怨みは怨みによって静まらない。怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる』
出典『法句経』
怨みの連鎖を断ち切って、俺たちは前進する。
せっかく翠と恋人同士になれたのだから、その時間を存分に味わおう。
和やかな時で塗り替えていこう。
****
病院に着いてすぐ、事情を話して胃腸科の受診を受けた。
拓人くんには、翠が甲斐甲斐しく付き添っているので安心だ。受診後、そのまま腹部レントゲンとエコーを取ることになり、緊張が走った。
「拓人くん、痛みは? 大丈夫かい?」
「はい、病院に来たら、少し気分が落ち着きました」
「達哉がとても心配していた。これからは話そうね。話してくれた方がアイツは楽になるんだ」
「分かりました」
翠の肩にもたれた拓人くんの表情は、かなり和らいでいた。
病は気からという言葉ある。あとは盲腸でなければいいが、症状がかなりあてはまっていたので気がかりだった。
30分ほど待ってから、再び呼ばれた。
「保護者の方ですか」
「はい、そうです」
「一緒に結果を聞いて下さい」
「はい」
翠が躊躇いもせずそう答える。こういう時の兄さんは本当に格好いい。
そのまま翠と拓人くんが診察室に入ろうとした時、ドタバタと足音が聞こえた。
「すみません! 俺が拓人の父親です。一緒に話を聞きます」
「達哉さん……」
驚いたな、袈裟姿の達哉さんが大汗をかいて飛び出して来たぞ。
「達哉、寺は大丈夫だったのか」
「あぁ、息子が盲腸かもしれないと聞いたら、もう我慢出来ずに任せて来た」
「そうか、良かったよ。じゃあバトンタッチだ」
翠が嬉しそうに微笑む。
「翠、ありがとうな」
「達哉の役に立てて良かったよ」
「あぁ」
二人が診察室に消えてしまったので、俺と翠が待合室のソファで待った。
「結果はどうだろう?」
「違うといいね。盲腸は大変だよ」
暫くすると看護師さんが出てきて「処置するので少し時間がかかります」と言われた。そこに丈の登場だ。
待っていたぞ~ 頼もしい外科医の丈!
「大変でしたね、兄さんたち」
「あぁ、丈、もう手術は終わったのかい?」
「えぇ伝言を見て驚きました。拓人くんの様子は?」
「まだ分からないんだ、心配でね」
「様子を聞いてきます。手術が必要なら、私も役に立てるかも」
白衣の弟は、どこまでも頼もしい。
そして、暫くして戻ってきた丈の顔色は明るかった。
「どうだった?」
「……達哉さんとの生活にどこか遠慮があったのでしょう。レントゲンを見たら腸が真っ白でした」
「えっ、何か悪い病気か」
「いえ……酷い便秘です。今下剤を使って処置していますので」
「べんぴ……?」
「よくあるんですよ。緊張してなることが……あそこまで白くなると激痛だったでしょう。よく盲腸と間違えやすいんです。盲腸でなくて良かったですね」
そうだったのか! ふぅ、ホッとしたぜ!
やはり本物の医者は違うな。
白衣で的確に物事を話す弟が眩しかった。
やがて明るい表情で、達哉さんと拓人くんが出てきた。
笑うと目尻に皺が出来るところとか、そっくりだな。
「ご心配おかけしました」
拓人くんがぺこりと恥ずかしそうに頭を下げる。
「あの……」
「大丈夫だよ。全部聞いたから……もうすっきりした?」
「あ……はい……それが嘘みたいに痛みが引いて……あぁ恥ずかしいです」
「大丈夫だよ。さぁ隣のお父さんの顔を見てご覧」
「お父さん?」
隣りに立っていた達哉さんが、目尻に大粒の涙を浮かべていた。
「良かったな、拓人! 父さんは今回は本気で心配した。これからはもう我慢すんなよ。全部出してすっきりしろよ」
「お父さん……っ。それって……ちょっと」
二人の間の明るい笑みが、一段と輝いていく。
達哉さんが拓人くんを正式に養子にして、まだ間もない。
結婚も子育て経験もない達哉さんと、まともな父親の記憶がない拓人。
まだまだ新米同士だ。
手探りで歩んでいるから、今日みたいなハプニングもあるだろう。
一つ一つ乗り越えて歩み寄って、お互いが近づいて行けばいい。
焦らずにいこうぜ!
「拓人くん……大丈夫だよ。僕をお母さんだと思って甘えていい。だから痛いのなら痛いとちゃんと言うんだよ」
「翠さん……すみません。俺なんかに」
拓人くんは翠に対して、未だに申し訳ない気持ちが強いようだ。
「『俺なんか』などと言ってはいけないよ。君は達哉にとって大切な息子なんだ。もう僕は過去を通り過ぎた。君もあの日は……通過点だったと思って乗り越えてくれ」
「翠さん……どうして、あんなことに加担した僕を許してくれるのですか」
「加担だなんて……それは違うよ。君はいい子だよ。僕の親友が養子にしたんだ。それに薙の親友だろう。信じられる」
「俺を……信じてくれるのですか……うっ……う……」
「当たり前だよ」
どこまでも切なく泣ける会話だった。
改めて克哉の卑劣さが改めて浮き彫りになる。こんな幼子に何をしてくれたのだ! とハンドルを持つ手に力が入ってしまう。だが恨みを恨みで返しても終わりはやって来ない。
だから……あいつへの募る怨みは、もう通過していこうと決めたんだ。
『怨みは怨みによって静まらない。怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる』
出典『法句経』
怨みの連鎖を断ち切って、俺たちは前進する。
せっかく翠と恋人同士になれたのだから、その時間を存分に味わおう。
和やかな時で塗り替えていこう。
****
病院に着いてすぐ、事情を話して胃腸科の受診を受けた。
拓人くんには、翠が甲斐甲斐しく付き添っているので安心だ。受診後、そのまま腹部レントゲンとエコーを取ることになり、緊張が走った。
「拓人くん、痛みは? 大丈夫かい?」
「はい、病院に来たら、少し気分が落ち着きました」
「達哉がとても心配していた。これからは話そうね。話してくれた方がアイツは楽になるんだ」
「分かりました」
翠の肩にもたれた拓人くんの表情は、かなり和らいでいた。
病は気からという言葉ある。あとは盲腸でなければいいが、症状がかなりあてはまっていたので気がかりだった。
30分ほど待ってから、再び呼ばれた。
「保護者の方ですか」
「はい、そうです」
「一緒に結果を聞いて下さい」
「はい」
翠が躊躇いもせずそう答える。こういう時の兄さんは本当に格好いい。
そのまま翠と拓人くんが診察室に入ろうとした時、ドタバタと足音が聞こえた。
「すみません! 俺が拓人の父親です。一緒に話を聞きます」
「達哉さん……」
驚いたな、袈裟姿の達哉さんが大汗をかいて飛び出して来たぞ。
「達哉、寺は大丈夫だったのか」
「あぁ、息子が盲腸かもしれないと聞いたら、もう我慢出来ずに任せて来た」
「そうか、良かったよ。じゃあバトンタッチだ」
翠が嬉しそうに微笑む。
「翠、ありがとうな」
「達哉の役に立てて良かったよ」
「あぁ」
二人が診察室に消えてしまったので、俺と翠が待合室のソファで待った。
「結果はどうだろう?」
「違うといいね。盲腸は大変だよ」
暫くすると看護師さんが出てきて「処置するので少し時間がかかります」と言われた。そこに丈の登場だ。
待っていたぞ~ 頼もしい外科医の丈!
「大変でしたね、兄さんたち」
「あぁ、丈、もう手術は終わったのかい?」
「えぇ伝言を見て驚きました。拓人くんの様子は?」
「まだ分からないんだ、心配でね」
「様子を聞いてきます。手術が必要なら、私も役に立てるかも」
白衣の弟は、どこまでも頼もしい。
そして、暫くして戻ってきた丈の顔色は明るかった。
「どうだった?」
「……達哉さんとの生活にどこか遠慮があったのでしょう。レントゲンを見たら腸が真っ白でした」
「えっ、何か悪い病気か」
「いえ……酷い便秘です。今下剤を使って処置していますので」
「べんぴ……?」
「よくあるんですよ。緊張してなることが……あそこまで白くなると激痛だったでしょう。よく盲腸と間違えやすいんです。盲腸でなくて良かったですね」
そうだったのか! ふぅ、ホッとしたぜ!
やはり本物の医者は違うな。
白衣で的確に物事を話す弟が眩しかった。
やがて明るい表情で、達哉さんと拓人くんが出てきた。
笑うと目尻に皺が出来るところとか、そっくりだな。
「ご心配おかけしました」
拓人くんがぺこりと恥ずかしそうに頭を下げる。
「あの……」
「大丈夫だよ。全部聞いたから……もうすっきりした?」
「あ……はい……それが嘘みたいに痛みが引いて……あぁ恥ずかしいです」
「大丈夫だよ。さぁ隣のお父さんの顔を見てご覧」
「お父さん?」
隣りに立っていた達哉さんが、目尻に大粒の涙を浮かべていた。
「良かったな、拓人! 父さんは今回は本気で心配した。これからはもう我慢すんなよ。全部出してすっきりしろよ」
「お父さん……っ。それって……ちょっと」
二人の間の明るい笑みが、一段と輝いていく。
達哉さんが拓人くんを正式に養子にして、まだ間もない。
結婚も子育て経験もない達哉さんと、まともな父親の記憶がない拓人。
まだまだ新米同士だ。
手探りで歩んでいるから、今日みたいなハプニングもあるだろう。
一つ一つ乗り越えて歩み寄って、お互いが近づいて行けばいい。
焦らずにいこうぜ!
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