重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,287 / 1,657
14章

それぞれの想い 29

しおりを挟む
「流くん、悪いな。拓人は突き当たりの自室で横にならせているんだ」
「……分かりました」
「流、辛そうだったら、すぐに丈に連絡して」
「あ……翠、俺が一緒にいなくても大丈夫か」
「……あぁ」
 
 緊急事態なのが分かっているらしく、翠は凜とした表情でコクリと頷いた。

 今は誰も寄せ付けない気高き僧侶の顔だ。

 隙を見せない優美な佇まいに、蹴落とされそうになる。

 流石だ! だからこそ俺の翠だと感嘆の溜め息を漏らした。
  
  さてと、心配なのは拓人くんの方だ。

 翠と達哉さんと別れて、長い廊下をグングン突き進む。

 ここか……。

 かつての子供部屋、ここは元凶の地だ。

 まったく達哉さんはいい人だが、少しだけ抜けているよな。

 この寺は和室ばかりで、ここだけが洋間だった。だから子供部屋にうってつけなのは分かるが、俺と翠にとっては不快な場所だった。

「ふぅ……」

 翠がこの場にいなくてよかったと胸を撫で下ろした。

 トントンとノックするが、中から返事はない。

「拓人くん? いるんだろう?」
「うっ……」
「おい? 大丈夫か」
「だ……れ?」
「月影寺の流だ。薙の叔父だ」
「あ……はい。ちょっとお腹を壊しちゃったみたいで……昨日の飯、美味し過ぎて食べ過ぎたかな? ははっ……」

 力なく扉の向こうで笑っているが違うな。明らかに辛そうな声だ。

「おい、入らせてもらうぞ」
「えっ」
 
  拓人くんは上は制服のシャツ……下はパジャマ姿のまま、布団に蹲っていた。

 どうやら着替えようとして急な腹痛に襲われたらしく、みぞおちを押さえて変な汗をかいている。

 ただの腹痛ではないな。

 咄嗟にそう判断した。
 
「おいっ、いつから我慢していた?」
「す、すみません」
「謝るな! 俺には何でも話せよ、なっ」
「大丈夫です」
「そんなに強がるな。君はまだ15歳……本来なら辛い時は親に甘える年頃だぞ」
「うっ……でも、達哉さんに迷惑をかけてしまう」
「馬鹿! 我慢されて悪化したら一大事だ! みんな君を心配している。もっと自分を大事にしろよ」

 そこまで諭すと、漸く拓人くんの瞳から涙が零れた。

 まだまだ子供の泣き顔だった。

「さぁ、何所が痛い? ここか、こっちか」
「……最初はここで、今はここがすごく痛いんです」

 みぞおちから痛くなり、徐々に痛む場所が右下に下がってきたようだ。

「うっ……痛っ……」
「しっかりしろ」
「うっ」

 胃の辺りを押さえて、目を瞑っていた。どうやら熱も少しありそうだ。

 これはもしかして?

「よし、病院に行こう。君のかかりつけ医は?」」
「……ないです。こっちに来てから医者には通ってません」
「そうか。薙のもう一人の叔父は医者だ。連絡してみよう」

 ところが丈は電話に出ない。病院にかけると、手術中だった。こんな時、開業医でいてくれたらと思ってしまう。

「救急車を呼ぼう。ハッキリとは分からないが……盲腸の可能性も高いんだ。我慢し過ぎて悪化させてしまったのかも」
「そんな……救急車なんて呼ばないで下さい、今日は大事な集まりがあると聞いています。お願いです」

 涙をボロボロこぼして訴えてくる。

 切ないよ。切ない……

「いつから痛むんだ? 正直に話せよ」
「昨日から少し……」
「よし。俺に掴まれ。丈が勤める病院に連れて行くから」
「すみません」
「健康保険証はどこだ?」
「ここに」
「よし、いい子だ」

 肩を支えてやればなんとか歩けたので、俺の車に乗せた。

 おっと、翠に連絡をしないと。

 そう思ってスマホを取り出すと、後から声がした。

「流、その必要はないよ」
「翠!」
「僕も付き添う」
「青年僧侶の会はいいのか」
「達哉は会場提供の主催者だから抜けられない。だから託された」
「よかった。じゃあ丈の病院に連れて行こう」
「うん」

 翠を建海寺に一人で残していくのも不安だったし、拓人くんのことも俺ひとりで支えきれるか不安だったので、助かった。

「兄さん、ありがとう」
「流、よく判断したね。あとは兄さんに任せておけ」

 今は兄と弟でいよう。拓人くんが落ち着けるように。

「拓人くん大丈夫だよ。もう大丈夫……大人がついているから、安心して」

 翠の穏やかで優しい声が、後部座席から聞こえる。

「う……っ、うっ……」
「ずっと痛いのを我慢していたんだね。偉かったね。もう我慢しなくていいよ」

 慈悲深い翠の声に、拓人くんがとうとう嗚咽した。

 とても幼い声だった。

「お……おかあさん、おなか……すごくいたいよ……助けて」

 泣けてくる!







あとがき(不要な方はスルー)





****

今日は、シリアス展開だったので、少し補足させてください。
流の見立ての結果は、明日の展開までお待ちくださいね。このことがきっかけで拓人が壁を打破していく話を書きたくて、頑張っています!
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...