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14章
それぞれの想い 28
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「翠、『青年僧侶の会』は、いつものように『夕月院』でいいのか」
「あっ、それが変更になったんだ。今朝、急に連絡があって」
「ん? 聞いてないぞ。そうだったのか」
「う……ん」
翠が目を急に泳がす。
まったく分かりやすいな。今度は何を隠している?
「どこだ?」
「あの……『建海寺』に変更になったんだ」
「おいっ! どうしてそれを先に言わない?」
車の中で声を荒立てると、翠がシュンとしてしまった。俺はまだ……すべての元凶の場所を警戒してしまう。
「ごめんな……流に心配かけて」
「それで、大丈夫なのか」
「うっ、だから、ついて来て欲しい」
よし、かなり素直になったな、翠。
「了解! よく考えたら寺にはまだ父さんと母さんがいるから、今日は翠の付き人に徹するぞ」
「ありがとう、心強いよ」
「礼は不要だ。俺が心配でついていくんだ」
「自分ではもう大丈夫だって思うのに、ここが疼いてしまうんだ」
翠が左胸を押さえ辛そうに目を閉じると、美しい横顔に長い睫毛が揺れていた。
「でも流がいてくれるから、大丈夫そうだ」
「いつも傍にいるよ、翠」
「ありがとう、流」
桜貝のように色づくのは、翠の頬。
朝一緒に眺めた桜貝のことを思い出していた。
「洋くんに分けてもらって、翠にもアクセサリーを作ってやるからな。さっきの白詰草の指輪の礼をしたい」
「本当? 流はセンスがいいから、楽しみだよ」
翠は穏やかな笑みを浮かべてくれた。
「この胸の傷が無事に消えたら、僕はもっと自由になれる。待っていてくれ」
自分に言い聞かせるように、翠が静かに呟くのが切なかった。
翠は何も悪くない。一方的に植え付けられた傷を背負い……20年近くも踏ん張ってきたのだ。
俺が全力で守ってやる。もうこれからは何があっても、翠の傍から離れない。
建海寺の駐車場には、黒い袈裟姿の坊主が立っていた。
「あ、達哉だ!」
「本当だ。わざわざ翠の出迎えか」
「……いや、たまたまだよ」
翠はそう言うが、違うと思うぜ。
達哉さんが明らかに申し訳ない顔で近づいて来た。
「翠……良かった。流くんが付き添いだったのか」
「達哉、急な変更で忙しかっただろう?」
「ごめんな。ここは避けたい場所だろうに」
「……大丈夫だよ。流もいるし、僕だって少しずつ前進している」
「そうか……なら、よかった」
そういう達哉さんの方が顔色が悪いようだが。
「達哉さん、どうかしたのか」
「え……あぁ、実は……拓人が朝から腹が痛いって寝込んでいて、ちょっと気になるんだ」
「拓人くんが? 医者に診せたのか」
「いや、あいつ大丈夫だって言い張っているが、尋常じゃないような気がして」
「なんだって? ちょっと俺が会ってもいいか」
なんとなく嫌な予感がした。
「流くんが……? 分かった。頼む。間もなく合が始まるし困っていたんだ」
「流、僕からも頼むよ。僕は大丈夫だから拓人くんのことを頼む」
こういう時の翠は大丈夫だ。誰も近づけないような住職としての気高さで満ちている。凜々しい翠も好きだぜ。
さて拓人くん、一体どうした?
丈と連絡は取れるし、俺には応急処置の心得もあるのでとにかく会ってみよう。我慢強い子だから心配だ。君だって……まだまだ親に甘えたい年頃だろう?
「あっ、それが変更になったんだ。今朝、急に連絡があって」
「ん? 聞いてないぞ。そうだったのか」
「う……ん」
翠が目を急に泳がす。
まったく分かりやすいな。今度は何を隠している?
「どこだ?」
「あの……『建海寺』に変更になったんだ」
「おいっ! どうしてそれを先に言わない?」
車の中で声を荒立てると、翠がシュンとしてしまった。俺はまだ……すべての元凶の場所を警戒してしまう。
「ごめんな……流に心配かけて」
「それで、大丈夫なのか」
「うっ、だから、ついて来て欲しい」
よし、かなり素直になったな、翠。
「了解! よく考えたら寺にはまだ父さんと母さんがいるから、今日は翠の付き人に徹するぞ」
「ありがとう、心強いよ」
「礼は不要だ。俺が心配でついていくんだ」
「自分ではもう大丈夫だって思うのに、ここが疼いてしまうんだ」
翠が左胸を押さえ辛そうに目を閉じると、美しい横顔に長い睫毛が揺れていた。
「でも流がいてくれるから、大丈夫そうだ」
「いつも傍にいるよ、翠」
「ありがとう、流」
桜貝のように色づくのは、翠の頬。
朝一緒に眺めた桜貝のことを思い出していた。
「洋くんに分けてもらって、翠にもアクセサリーを作ってやるからな。さっきの白詰草の指輪の礼をしたい」
「本当? 流はセンスがいいから、楽しみだよ」
翠は穏やかな笑みを浮かべてくれた。
「この胸の傷が無事に消えたら、僕はもっと自由になれる。待っていてくれ」
自分に言い聞かせるように、翠が静かに呟くのが切なかった。
翠は何も悪くない。一方的に植え付けられた傷を背負い……20年近くも踏ん張ってきたのだ。
俺が全力で守ってやる。もうこれからは何があっても、翠の傍から離れない。
建海寺の駐車場には、黒い袈裟姿の坊主が立っていた。
「あ、達哉だ!」
「本当だ。わざわざ翠の出迎えか」
「……いや、たまたまだよ」
翠はそう言うが、違うと思うぜ。
達哉さんが明らかに申し訳ない顔で近づいて来た。
「翠……良かった。流くんが付き添いだったのか」
「達哉、急な変更で忙しかっただろう?」
「ごめんな。ここは避けたい場所だろうに」
「……大丈夫だよ。流もいるし、僕だって少しずつ前進している」
「そうか……なら、よかった」
そういう達哉さんの方が顔色が悪いようだが。
「達哉さん、どうかしたのか」
「え……あぁ、実は……拓人が朝から腹が痛いって寝込んでいて、ちょっと気になるんだ」
「拓人くんが? 医者に診せたのか」
「いや、あいつ大丈夫だって言い張っているが、尋常じゃないような気がして」
「なんだって? ちょっと俺が会ってもいいか」
なんとなく嫌な予感がした。
「流くんが……? 分かった。頼む。間もなく合が始まるし困っていたんだ」
「流、僕からも頼むよ。僕は大丈夫だから拓人くんのことを頼む」
こういう時の翠は大丈夫だ。誰も近づけないような住職としての気高さで満ちている。凜々しい翠も好きだぜ。
さて拓人くん、一体どうした?
丈と連絡は取れるし、俺には応急処置の心得もあるのでとにかく会ってみよう。我慢強い子だから心配だ。君だって……まだまだ親に甘えたい年頃だろう?
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