重なる月

志生帆 海

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14章

それぞれの想い 25

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「まずいまずいよー 寝坊した~ 遅刻だぁ、遅刻!」

 北鎌倉駅からせっせと坂道を走って、もう汗だくだ。

 僕のこと、皆さん覚えていますか。

 小森風太《こもりふうた》ですよ!

 僕の実家は寺ではないのですが、将来の職業として僧侶にずっと憧れていたので得度の制度を利用して仏門に入ったんです。 月影寺の通いの僧侶として雇われて五年経ちますが、まぁ……まだ、ただの小僧です。

 息を切らせて立ち止まると、すっと車が横に停車した。

「ん?」
「小森くん、乗っていきますか」

 ひょえぇ~ 出ました! 月影寺の七不思議! まるで月の女神のような美形男子(日本語ハチャメチャだ)洋さんの登場だ!

 相変わらず綺麗だなぁ……と見惚れていると、もう一度話かけられた。

「あの。どうします?」
「すみません、えっと……いいですか」
「もちろんです。さぁ、どうぞ」

 助手席にと誘導されるが……そこは頑なに首を振った。
 いや、いや、いやですよー! そんな場所に座ったら大変だ。
 洋さんと暮らしている相棒の丈さんに殺される~。
 
「あの……後部座席でいいですか」
「えぇ、もちろん。さぁどうぞ」

 というわけで、僕はちょこんと後部座席に座って月影寺までワープだ。

 いやぁついているな。
 いい気分だな。
 まるで……

 ところが山門に着くなり、窓に黒い影が!

「急に暗雲が立ち込めてきましたね。雨でも降るんですかね?」
「え……小森くん、大丈夫? 流さんだよ。ほら」
「え?」

 窓の外を恐る恐る覗くと、副住職がニカッと笑っていた。

「よう! 小森、遅刻だぞ。重役出勤なんていい度胸しているなー」
「ひっ!」

   あわわ……濃紺の作務衣姿に真っ黒な髪を無造作に束ねているのは、どんなに目を擦っても副住職の流さんだった。

「わー! すみません、すみません」
「ははは。小森は小心者だなぁ。そんなんじゃ一生小僧のまんまだぞ」
「い、いいんです。 翠さんにさえ、可愛がってもらえれば」

 ピキッ――

 あれれ? 何か地雷を踏んだ? 気のせいだよな。

「清らかな住職のお傍で生涯を過ごせればいいのです。だって僕にいつもおまんじゅうをくれるんですよ。まるで仏様のようです♡」
「おいおい……小森は出世欲はないなぁ。それに住職に心酔しすぎているな。どうだ? 俺に鞍替えしないか。可愛がってやるぞぉ~」
「え? いやですよ。嫌な予感しかしないです」

 僕と副住職とのやりとりを聞いていた洋さんが、目の端に涙を溜めて笑っている。

「もう~ 流さん、それくらいにしてあげて下さい。小森くんがびびっていますよ」
「そうですよー! 僕は小心者なんですからぁ」

 ふと見ると、副住職の手にシロツメクサの指輪がついていた。

  なんというアンバランス!一体なんで?

 聞いてみようかなと思った時に、清涼な風が吹き抜け、今度は住職が現れた!

 やったぁ! 神さま仏様ありがとうございます!(これも日本語×バツ!)

 これでこの世に生き延びられます!(大袈裟な!)

「小森くん、遅かったね。僕はね……これから『青年僧侶の会』に行かないといけないので、御朱印帳受付は任せたよ」
「えぇ~! またですか」(ガーン!)
「小森くん、どんな仕事も誠心誠意だよ。きっと喜ぶ人がいるよ」

 嘆く人ばかりですよ~ ううう、しょんぼり。みーんな翠さん目当てですからねぇ。寺の掃除の方がいいなぁ……。

「あの……翠兄さん、俺も手伝っても?」
「洋が……えっと、いいのかい?」
「はい、俺ももっと月影寺の手伝いをしたいです。お願いします」
「嬉しいよ、洋がそんなこと言ってくれるなんて」

 あれ? 洋って呼び捨てだったかな?

 しかも翠兄さんって読んでいたかな?

 なんだか距離感が縮まった?

 とにかく、

「やったーやったーやったー!」

 女神降臨だ!

 つい声に出して万歳三唱してしまった。

「ふっ、小森くんはピョンピョン跳ねて、ワンちゃんみたいに可愛いね」

 ワンちゃん? んんん? 小僧でなくワンちゃんと、

 そんなぁ~ 住職!

 僕は人ですよ、人!

「小森くん、お土産はおまんじゅうでいい?」
「ワン!」(げっ、ま……間違えた! 僕は人ですよ~)
「なんだ、小森。お前、やっぱり犬だったのか」

 流さんに冷めた目つきで見つめられて、頬が赤くなった。



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