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14章
それぞれの想い 23
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「ではまた」
「あ、あの……」
帰ろうとしたら、瑠衣さんに呼び止められた。
「丈さん」
俺ではなく、丈を……?
「何でしょうか」
「すまないが、す……少しだけ背中を見せてくれないか」
「……いいですよ。あの……私の背中に海里先生を想ってもいいですよ……むしろ光栄です。海里先生は、私の尊敬する医師です」
丈がこんに寛大な態度を取れるなんて、意外だった。
人と接するのが苦手で、殻に閉じこもっていた丈はもういない。今は人を癒やす医師の丈だ。
遠い昔を思い出せ――
丈はいつだって人々に寄り添える存在だったじゃないか。医官のジョウは部下に慕われ、丈の中将も人々に愛される気立ての良い貴公子だった。
スッと丈が背筋を伸ばすと、俺にも見えた。少し古めかしいシルエットの白衣の背中に、海里先生のお姿が浮かび上がった。
『あとは任せたよ』
そんな声ならぬ声が、聞こえるようだった。
「海里……海里ぃ……うっ……」
瑠衣さんが嗚咽する。溜らない顔で表情を歪めていく。
「に……兄さん……僕の兄さんっ」
丈の背中は、何故だか……天上と繋がっているように感じた。
『瑠衣、泣くなよ。お前に泣かれるのは弱い。ごめんな、俺たちだけ先に逝って……安心しろ、柊一も元気で毎日俺と笑っている――』
聞こえるはずのない……亡き人の声が聞える。
「臨終に立ち会えなかった……海里、海里……兄さんっ ごめんなさい。いつか逢う日まで、元気で……思い出がありすぎて……辛いよ」
瑠衣さんは丈の背中にそっと頬をあてて泣いた。
丈は背中を過去に預ける。
人は誰でも何かしらの後悔を抱いて生き続ける生き物だ。
あの時こうすればよかった。もっと違う方法があったんじゃないか。
それは俺にも言えること。
その都度その都度、ベストは尽くしても叶わなかった夢もある。
今のあるがままの姿を受け入れて、そうやって明日を迎えるのが、生きるということ。
「瑠衣さん、どうぞ私の背中でよければ……どうぞ泣いてください。後悔を吐き出して前へ……私が病院に息を吹きこむのを見て下さい」
丈の言葉は、道標だ。
「ありがとうございます。丈さん……海里に土産話が出来ます。生きる楽しみが出来ました。兄に……お別れの言葉をやっと言えました」
「良かったです。私と丈を受け入れてくださったお礼が出来ました」
****
「丈、この家具、クラシカルで素敵だな」
「あぁ、時代を経ても良質なものは良い」
瑠衣さんの家を出て、もう一度海里先生の診療所だった洋館に入った。
家具の座り心地や具合を確認したが、どれもモノがいいので、痛みも最小限で済んでいる。
「このまま使わせてもらおう。検査器具などをレンタルすれば、そんなに負担なく早い段階で……開業出来そうだ」
「いいのか、本当に」
「あぁ気に入ったよ。洋こそいいか。ここを使わせてもらっても?」
丈とこんな会話をする日がくるなんて信じられないよ。
「もちろんだよ」
「あぁ、これで洋がいつ倒れても私が診てやれるな」
「まだあの時のことを……根に持っているのか」
「あぁ」
「ふっ、俺も安心だ。丈に悪い虫がつかないように見張っていられる」
「へぇ、珍しいな。洋が嫉妬を?」
う……墓穴を掘った。翠さんの検査入院で、白衣の丈が病院でどんなにモテているのか……嫌というほど分かったんだ。
「ち、違う!」
「ふっ、嬉しいよ。可愛い洋を独り占めできて」
「丈……もう遅刻するぞ」
「あ、そうだな」
「行こう! 病院まで送るよ」
「ありがとう!」
朝日に照らされる中、俺たちは動き出す。
今日も明日も明後日も……ずっと一緒にいるために。
「あ、あの……」
帰ろうとしたら、瑠衣さんに呼び止められた。
「丈さん」
俺ではなく、丈を……?
「何でしょうか」
「すまないが、す……少しだけ背中を見せてくれないか」
「……いいですよ。あの……私の背中に海里先生を想ってもいいですよ……むしろ光栄です。海里先生は、私の尊敬する医師です」
丈がこんに寛大な態度を取れるなんて、意外だった。
人と接するのが苦手で、殻に閉じこもっていた丈はもういない。今は人を癒やす医師の丈だ。
遠い昔を思い出せ――
丈はいつだって人々に寄り添える存在だったじゃないか。医官のジョウは部下に慕われ、丈の中将も人々に愛される気立ての良い貴公子だった。
スッと丈が背筋を伸ばすと、俺にも見えた。少し古めかしいシルエットの白衣の背中に、海里先生のお姿が浮かび上がった。
『あとは任せたよ』
そんな声ならぬ声が、聞こえるようだった。
「海里……海里ぃ……うっ……」
瑠衣さんが嗚咽する。溜らない顔で表情を歪めていく。
「に……兄さん……僕の兄さんっ」
丈の背中は、何故だか……天上と繋がっているように感じた。
『瑠衣、泣くなよ。お前に泣かれるのは弱い。ごめんな、俺たちだけ先に逝って……安心しろ、柊一も元気で毎日俺と笑っている――』
聞こえるはずのない……亡き人の声が聞える。
「臨終に立ち会えなかった……海里、海里……兄さんっ ごめんなさい。いつか逢う日まで、元気で……思い出がありすぎて……辛いよ」
瑠衣さんは丈の背中にそっと頬をあてて泣いた。
丈は背中を過去に預ける。
人は誰でも何かしらの後悔を抱いて生き続ける生き物だ。
あの時こうすればよかった。もっと違う方法があったんじゃないか。
それは俺にも言えること。
その都度その都度、ベストは尽くしても叶わなかった夢もある。
今のあるがままの姿を受け入れて、そうやって明日を迎えるのが、生きるということ。
「瑠衣さん、どうぞ私の背中でよければ……どうぞ泣いてください。後悔を吐き出して前へ……私が病院に息を吹きこむのを見て下さい」
丈の言葉は、道標だ。
「ありがとうございます。丈さん……海里に土産話が出来ます。生きる楽しみが出来ました。兄に……お別れの言葉をやっと言えました」
「良かったです。私と丈を受け入れてくださったお礼が出来ました」
****
「丈、この家具、クラシカルで素敵だな」
「あぁ、時代を経ても良質なものは良い」
瑠衣さんの家を出て、もう一度海里先生の診療所だった洋館に入った。
家具の座り心地や具合を確認したが、どれもモノがいいので、痛みも最小限で済んでいる。
「このまま使わせてもらおう。検査器具などをレンタルすれば、そんなに負担なく早い段階で……開業出来そうだ」
「いいのか、本当に」
「あぁ気に入ったよ。洋こそいいか。ここを使わせてもらっても?」
丈とこんな会話をする日がくるなんて信じられないよ。
「もちろんだよ」
「あぁ、これで洋がいつ倒れても私が診てやれるな」
「まだあの時のことを……根に持っているのか」
「あぁ」
「ふっ、俺も安心だ。丈に悪い虫がつかないように見張っていられる」
「へぇ、珍しいな。洋が嫉妬を?」
う……墓穴を掘った。翠さんの検査入院で、白衣の丈が病院でどんなにモテているのか……嫌というほど分かったんだ。
「ち、違う!」
「ふっ、嬉しいよ。可愛い洋を独り占めできて」
「丈……もう遅刻するぞ」
「あ、そうだな」
「行こう! 病院まで送るよ」
「ありがとう!」
朝日に照らされる中、俺たちは動き出す。
今日も明日も明後日も……ずっと一緒にいるために。
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