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14章
それぞれの想い 17
しおりを挟む私を追いかけてくる洋のあどけない笑顔に、ふいに涙が溢れそうになった。
明るくなったな。
よく笑うようになったな。
健康的になったな。
いつも目立つことを恐れ、耐え忍ぶように身を潜めていた洋が、今はこの世の幸せを享受しようと、思いっきり両手を広げている。
洋の持つ白いブランケットが風にはためき……それが翼のように見えて、目を擦ってしまった。
そう言えば、洋とテラスハウスで初めて会った時、部屋を覗くと……天使が羽を休ませているように見えて驚いたな。それから、洋を抱いて間もない春の海でも、波打ち際に立つ洋の背に羽が見えた。
今、私の目の前の翼は、以前とは違うようだ。
大空高く舞い上がっていく、力強い自由の翼だ。しかもその翼は洋だけのものではなく、私と共有するものなのだ。
洋が羽ばたく場所には、常に私も行く。
だから、もう一人で行くなよ。
いつも私の傍にいろ!
波打ち際で大きく手を広げると、洋は少し目を見開き、そのまま私の胸に飛び込んできた。
幼い子供がよくする仕草で、両手を広げてジャンプした。
「丈――!」
「洋、もうどこにも行くなよ」
「分かっている! これからは丈がいる場所が俺の場所だ」
大判の白いブランケットを羽織った洋は、遠目には天女のように見えるかもしれない。 私はそのまま洋を砂浜に寝かし、ブランケットの中に隠れて軽くキスをした。
「あ……遠い昔にも……こんなことがあった? 夕凪の頃か……」
「そうかもしれないな。幸せだから思い出すのだ」
「そうだな、もう彼らからは離れよう。俺たちの人生を歩むのだから、過去は過去で置いておこう」
「そうしよう。さぁ行くぞ。今日は仕事があるので長居は出来ない」
「そうだったな。急ごう」
洋が私をすり抜け、また走り出す。
真っ直ぐに――!
私を振り返り、悪戯気に微笑む笑顔も明るかった。
「おーい! 丈、俺さ、短距離なら負けないよ!」
****
明け方 随分早くに目覚めてしまった。
翠の検査入院は不謹慎かもしれないが、俺にとって意義のある時間だった。
しかし翠があんなに病院嫌いで、注射嫌いだとはな。トイレで念仏とか……思い出しても可愛いな。おいっ!
夏休みに二人きりの旅行を約束してくれたのは嬉しいが、まさか……それまで慎ましく暮らせというのか。禁欲せよ? と……
そんなのは嫌だね! それとこれとは別だ!
といっても持て余す性欲を全て、寺の重鎮である住職を務める翠に受け止めさせるのは酷だよな。
「仕方ない。今日はひとっ走りするか!」
作務衣に着替えて、勢いよく庭に飛び出した。
どうしてこうも健康で頑丈に生まれついたのか。風邪らしい風邪も引かずここまで来た。あ、だがあの夏だけは……謎の高熱で突然ぶっ倒れたんだ。
あの時、翠が動転して海里先生に往診してもらった。あの熱は海里先生と翠を結びつけ、更に洋くんと丈にも結びつくきっかけだったのか。不思議な話だ。
ザザッと竹藪を抜け、丈たちの住む離れの裏山を一気に駆け上がった所で、人声がした。下を覗くと、楽しそうに微笑みあって手を繋いで出掛ける丈と洋の姿が見えた。
珍しいな! 早朝デートか。
朝が弱い洋が……あ、さては明け方まで散々啼かされたのか。
いいな。
急に翠が恋しくなった。
俺もせめて翠の近くに行きたい。
だから一気にザザッと裏山を滑り降り、今度は翠の部屋の前に伸びる樹木に足をかけた。
そうだ! 朝の挨拶をしにいこう。
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