重なる月

志生帆 海

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14章

それぞれの想い 6

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「はい……では、甘えちゃいますね。翠さんにべったりでも怒りません?」
「んっ? コイツ!」
「わ、いたた……痛いですってば、流さんってば。ははっ」

 流さんに向かって軽口を叩くと、背中をバンバンと叩かれた。

 痛い程叩かれると、積もり積もった埃が取り払われたような爽快な気分になり、また笑ってしまった。

 最近、心も身体も随分楽になった気がする。腹の底から笑ったことなんて、母が亡くなってから殆どなかったのに。

「ははっ! に……兄さんってば、やめてくれよ」

 え……!? 思わず口を手で押さえてしまった。

 俺の口から出たとは思えない言葉だった。

(兄さん……)

 本当は……心の中では、たまにそう呼んでみたりもした。

 俺、ずっと一人っ子で兄が欲しかった。父亡き後、母は病弱で……家の中で遊び相手や相談相手が欲しかったから。

 あの義父との暗黒の日々に、もしも俺に兄がいたら気付いてもらえた? 助けてもらえた? 夢の中で、そんな救いを求めたこともある。

 あれは夕凪の記憶だったのかもしれないな。彼もまた翠さんと流さんの前世、湖翠さんと流水さんに救われた人だから。 

「お? いいじゃねーか。俺のこと、これからはそんな風に呼べよ。兄さんでも兄貴でも何でもいいから……そう呼べよ」
「す、すみません。急に……」
「洋くん……いや、洋はさ、もっと自由になれよ。笑いたい時に笑って、し忘れた悪戯もしてもいいぜ。なぁきっと……沢山……出来なかったことがあるんだろ? ここはいいぜ。月影寺は月に守られているから安心しろ。大丈夫だ」

  流さんが今度は優しく背中を撫でてくれると、丈に感じるのとは別の安心感を得ていた。

 兄弟愛……なのか。これって。

「ありがとうございます。俺も『兄さん』と呼んでもいいんですね?」

 すると襖の向こうから声がした。

「もちろんだよ、洋……」

 しとやかな仕草が浮かぶ上品な声だった。


「翠さん!」
「入るよ」
「もちろんです」

 袈裟姿の翠さんが茶室の中に現れると、まるでそこに睡蓮の花が咲いたような錯覚を覚え、思わず目を擦ってしまった。

「翠!」
「翠さん」
「んっ? 僕のことは呼んでくれないの? 翠兄さんと」
「あ……さっきの……聞いて?」
「ずっと待っていたよ。洋くんがそう呼んでくれるのを」

 まるで仏様のように柔和な微笑を浮かべた翠さんが、手を広げ僕を呼んでくれる。その横に流さんが並ぶ。

「すい……兄さん、りゅう……兄さん」
「そうだよ。洋はもう僕らの一番末の弟だよ。血なんて関係ない。こんなにも心で繋がっているのだから」

 翠さんの言葉は、俺を解放する。

「血なんて……関係ないと?」
「そうだよ。心が繋がっている場所に真実の愛は生まれるんだからね。夫婦の愛、恋人の愛、親子の愛、家族兄弟の愛……みんな……愛は寛容だよ」

 
 
 


 
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